[コラム]図書紹介9:女子用往来 *会員限定*

本コラムシリーズでは、株式会社千總に遺る版本や図書類をテーマごとにピックアップしてご紹介しています。9回目の今回は、女子用往来を取り上げます。

 

往来、とは書物の種類としては聞きなれない言葉ですが、現代でいう教科書に近い書物を近世には往来物(おうらいもの)と呼びました。この呼び名の由来は往信来信、すなわち手紙です。そもそも往来物が、中世の貴族の子弟を教育するための往復書簡の形から展開を広げたことによるもので、『庭訓往来』などがその代表的なものです。

往来物は近世には寺子屋でテキストとして使われ、手紙以外にも文字の読み書き、社会、地理などさまざまな分野に関する知識を取り上げたものが出版されました。その中でも今回取り上げるのは、女性の教育のために出版された往来物です。

 

女子用に限っても、近世から近代初頭にかけて少なくとも1000種を超える往来物が出版されたことが知られています。女子用往来は教訓型(女子がすべき込みに付けるべき行動や心構え)・消息型(文字や文章の書き方)・社会型(社会常識や地理に関する知識)・知育型(生活や諸文化に関する知識)の4つに分類され、その中でも出版数が多かったのは教訓型と消息型であったといわれています*1。

教訓型の女子用往来を代表するのが、女子が守るべき事柄を「○○すべからず」という禁止形で箇条書きにした、いわゆる「女今川」です。武人・今川貞世が弟で養子の仲秋に向けて書き残した教訓書である「今川状」を、女性に向けた内容に書き換えたものです。残念ながら千總には女今川の所蔵は確認されていませんが、こうした女子用往来からは、当時の女性がどのような社会の中に生きていたかを窺い知ることができます。

 

 

『女筆続指南集』

Fig.1『女筆続指南集』長谷川妙躰、刊行年不明

 

この『女筆続指南集』は、先に述べた分類では消息型に分けられます。女筆については本コラム第7回「小袖雛形本」でも触れましたが、狭義には女性によって書かれた消息や文章の手本を指し、広義には男性によって女性向けに書かれた手本も含みます。この『女筆続指南集』は前者に属するもので、江戸中期の書家・長谷川妙躰(妙貞)によって書かれた流麗な字体を手本として掲載しています。彼女の書は「妙貞流」として江戸中期に女性たちの間で支持され、流行しました*2。

例文の中には、古典文学や風習など特定の知識を織り込んで作成されたものもあります。作文の作法だけでなく文化的知識が付加された書物が、往来物の一大ジャンルとして存在していたのです。

 

 

『女大学宝箱』

Fig.2『女大学宝箱』貝原益軒述 文久3(1863)年版

 

『女大学宝箱』は、近世に出版された女子用往来である『女大学』から派生した書物です。『女大学』は本草学者・儒学者であった貝原益軒(1630~1714)の記した女子教育書をもとにしており、内容や挿絵を加えながら多くの異版が出版されました。『女大学宝箱』は享保年間(1716~36)の初版から19世紀末まで11回もの版を重ね、教訓型の女子用往来として大きな影響力があったと考えられています。

Fig.3 『女大学宝箱』、右上に「上本能寺前町」の落書がある

タイトルにある「大学」は教育機関の大学ではなく、四書五経のひとつである『大学』を指しています。『大学』は国家の統治者の持つべき心構えを説いた書で、その儒教の思想は本書にも通底しています。しかし、ページをめくれば百姓の仕事や日本各地の名所など、社会常識を中心とした至ってのどかな内容となっています。実際に寺子屋で使われたのか、ページのあちらこちらに墨が染みているほか、字の練習か「上本能寺前町」の落書もみられます(Fig.3)。

 

 

『女教桃花百人一首曲水宴』

Fig.4,5『女教桃花百人一首曲水宴』北山兼芳、刊行年不明

 

雅やかなタイトルですが、冒頭に「女教」とつき、女子用往来であることが分かります。色刷りの扉をめくれば、12ヶ月の様々な呼び名から和歌、婚礼の作法、平安時代の装束など、内容にも王朝時代を意識した雅な雰囲気を漂わせています。

Fig.6『女教桃花百人一首曲水宴』「婚礼式法指南」

 

文学や生活に関する様々なことがらを取り上げた、まさに教科書のような一冊です。

 

 

『女用訓蒙図彙』

Fig.7,8 『女用訓蒙図彙』巻1~3、奥田松柏軒、刊行年不明(近代復刻版)

 

寛文6(1666)年に中村惕斎によって著された百科事典『訓蒙図彙』は後世に大きな影響を与え、江戸期を通じて『好色訓蒙図彙』(1686年)、『人倫訓蒙図彙』(1690年)、『劇場訓蒙図彙』(1803年)など様々なカテゴリーごとにその名を冠した類書が出版されました。

『女用訓蒙図彙』(じょようきんもうずい)もその一つで、女性に身近な内容に特化した事典です。小袖櫃、櫛箱、女性が使用する道具にはじまり、各時代の女性の服装や髪型、服飾に表される文様などを掲載しています。例えば「産所」と題されたカテゴリーには、海馬(=タツノオトシゴ)、胞衣(えな)包(=へその緒入れ)など出産にまつわる道具類が掲載されており、女性が一生の間に出会うであろう品々が詳しく紹介されているのが特徴です(Fig.8)。

 

Fig.9,10 『女用訓蒙図彙』下巻

 

本書は近世に五巻揃として出版された『女用訓蒙図彙』の近代の復刻版ですが、原著は貞享4(1687)年刊行です。比較的早い時期に、友禅染の歴史を語る上では外せない宮崎友禅斎に関する記述のあることでも知られています(Fig.10)。

 

 

『女重宝記』

Fig.11 ,12『女重宝記』巻1、艸田寸木子、刊行年不明

 

重宝記は前述の訓蒙図彙と同様に、日常生活に必要な知識を項目別に分類した、事典に似た書物です。タイトルに「女」と付くため、女子用往来の類と解されます。Fig.11では女性らしい言葉遣いという文脈の中で、大和言葉について記されています。たとえば「とうふ」は「おかべ」、「あるく」を「おひろい」など、やわらかな言葉への言い換えを促すことで、当時の理想として淑やかな女性像が期待されていたことが如実に伝わってきます。

全5巻のうち、千總蔵本では巻4・5を欠いていますが、巻1~3には服飾や婚礼儀式に関する内容が図入りで掲載されています(Fig.12)。巻5にも衣服や生地、染色に関する事柄がまとめられていますが、用語の列記だけで挿絵はなく、千總においてより具体的な挿絵が重視されていた可能性があります。

 

 

[主要参考文献]

石川謙・石川松太郎編『日本教科書大系 往来偏第15巻 女子用』講談社、1973年

天野晴子「女文章系往来の編集形式・内容とその教育史的意義」『日本の教育史学』第32号、pp.4-15、教育史学会、1989年

梅村佳代「奈良教育大学教育史料館所蔵 往来物の解説」https://www.nara-edu.ac.jp/LIB/collection/ohrai-mono/collection.htm(2023/11/27最終閲覧)

 

 

[註]

*1 石川謙・石川松太郎編『日本教科書大系 往来偏第15巻 女子用』講談社、1973年

*2 小泉吉永「女筆手本類の筆写としての津奈と妙躰」『日本の教育史学』42巻、教育史学会、1999年

 

 

第1回「千總と近世文化

第2回「団扇本

第3回「ちりめん本

第4回「江戸時代の画譜

第5回「名所図会

第6回「武具図解本・目利本

第7回「小袖雛形本

第8回「有職故実書

(文責 林春名)