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    [コラム]図書紹介7:小袖雛形本 *会員限定*

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    図書紹介コラムでは、株式会社千總所蔵(以下、千總)の図書資料を各回のテーマに分けてご紹介しています。今回はきものづくりにも関わりの深い小袖雛形本についてご紹介したいと思います。

    (Fig.1)『正徳雛形』西川祐信著、1713(正徳3)年

    小袖雛形本(以下、雛形本)とは、その名の通り小袖の模様の雛形(見本)を一冊の本にしたものです。1666・67(寛文6・7)年の『御ひいなかた』をはじめ、江戸時代に多数出版されました。

    千總には、肉筆本や復刻本も含めると、40種を超える雛形本が所蔵されています。中でも『正徳雛形』(Fig.1)などは完品に乏しい同本の貴重な例として、雛形本研究において取り上げられてきました*1。

     

    雛形本へのあこがれ

    (fig.2)『模様雛形都の錦』上、山中吉郎兵衛編・発行、1886(明治19)年

    雛形本といえば、小袖の背面を象った枠線の中にさまざまな流行模様がデザインされた、木版墨摺りの本をイメージする方が多いでしょう。雛形本の魅力は各時代の流行を反映した図案にあるといっても過言ではありません。多くは江戸時代に出版されましたが、中には近代に入って制作されたものもあります。その例が『模様雛形都の錦』(fig.2)です。

    内容は多色摺りの小袖模様が1ページに1図(下巻巻末は複数図)掲載され、文様の名称や染め方・刺繍の指定などは一切が排されています。文様は寛文期の装飾的な文様や、総模様、腰下模様など様々で、文様の鮮やかな色彩や目まぐるしく変わる構図が読者を惹きつけます。総じて実用的なファッションカタログというよりもアートブックに近いものと思われ、近代における急速な洋風化に対するカウンターとしての雛形本に対する憧憬が、この本には表れているように思えます。

     

    (Fig.3,4)「古本墨絵雛形」

    『模様雛形都の錦』と同様の構図ですが、より古いのがこちらの「古本墨絵雛形」です*2。腰から下を中心に文様を表す腰下模様のみを収録した肉筆の雛形本です。

    文様は大ぶりで、奇抜なモチーフも使われています。例えばFig.3の右ページは笹と蟹が大胆に配置された文様ですが、この文様は単に笹と蟹を文様として表したいのではありません。蜘蛛は古語で「ささかに」といい、音が通じることから笹と蟹を組み合わせたこの文様は蜘蛛を表現していると考えられます。蜘蛛は巣を張って狩りをする姿が「客をとらえて離さない」というイメージに通じたことから、遊女が小袖文様に取り入れたといわれています。この文様もそうした思いが込められた文様なのかもしれません。

     

    「変わり種」の雛形本

    雛形本には、ひとつのテーマにまつわる文様を集めたものがしばしばみられます。有名なものでは源氏物語を取り上げた1687(貞享4)年刊『源氏ひながた』がありますが、千總には小倉百人一首を取り上げた雛形本がいくつか遺されています。

    (Fig.5)『小倉山百首雛形』上巻、柏葉軒画

    『小倉山百首雛形』(Fig.6)はそのひとつで、掲載された小袖模様は、天智天皇からはじまる百首それぞれの情景を図案化したものです。初版は1668(貞享5)年ですが、千總所蔵のものは下巻を欠いているため、刊行年は不明です。この本は幾度か再版されており、和歌を主題にした歌絵模様は長期間にわたって人気を博したことが推測できます。掲載された図にはかなや漢字を文様として取り込んだ文字模様が多く、中には平安時代の葦手絵*3を思わせるような、情緒的な風景の中に歌のキーワードを織り込んだものもあります。

    当時、百人一首はかるたや習字の手本に用いられ、女性や子供にとってもなじみ深いものでした。また、絵入り本や梗概書、パロディ本など、近世に出版された古典文学を題材とした出版物は枚挙に暇がないほどです。そのように身近な古典文学作品は、小袖模様に情緒的な世界を花開かせる豊かな土壌となっていました。

    (Fig.6)『新編百人一首抄』1692(元禄5)年

    こちらも同じく百人一首を題材とした雛形本です。しかし、『小倉山百首雛形』と比較すると、小袖模様の雛形が随分小さいことが分かります。画面の半分以上を占めるのが、小袖模様の基となった各歌と詠み手の肖像です。各丁右上の文章には歌の解説が掲げられ、雛形本と歌仙図と百人一首の手引書を合体させたような、“一粒で二度おいしい”本であることがわかります。

    「変わり種」と称されるこのような雛形本も、千總の積極的な収集対象となっていたのでしょう。

    (Fig.7,8)『女雛形用文章』橘納軒永康著、上巻、1697(元禄10)年

    こちらも、雛形本と異なる本とを合体させた体裁を取っています。

    この本の出版は、17世紀半ばごろに始まる女筆手本類ブームのさなかにありました。タイトルも「女筆用文章」をもじったものですが、そもそも女筆手本とは、狭義には女性によって書かれた消息や文章の手本を指します。しかし女筆手本の出版者は男性が担う場合が多く、広義には男性によって女性向けに書かれた手本も含みます。女筆手本類に挙げられた例文は時候のあいさつや礼状の一節などが主なものですが、その他にも留守中に届いた手紙への返事や『源氏物語』を学ぶ人への激励の手紙など、細かなシチュエーションの文章が掲載されていました。そんな当時盛んに出版された女筆手本類と、小袖雛形本の両方の要素を取り入れたものが、この『女雛形用文章』なのです。

    各ページは上段と下段に大きく分かれ、下段に文章手本、上段右にはそれを意匠化した小袖文様が掲載され、上段左に文様の名称と地色などが指定されています。ただ、染め方についは「そめやうさまゝゝ(様々)」、「そめやう右同前」などが多く、文様の表し方は読者や染屋に委ねられています。

    Fig.8の左ページからFig.9にかけて掲載されている文章は、暑い時期に出す手紙の例文です。対応する小袖模様はそれぞれオモダカにイバラ・百合にカタバミと、いずれも夏の草花があしらわれたものです。手本の文中にこれらの植物が登場するわけではなく、文章からイメージされる季節感を小袖模様に落とし込んだものが上部の雛形となっているようです。

    書き出しの「兼て角(かく)とは存なから余成(あまりなる)あつさ こなたも身の置所おもひやられ」は近頃の夏の暑さにも通じる言葉です。そんな暑さの中で出す手紙の文章を小袖模様にするとしたら、皆さんはどのような絵柄をイメージするでしょうか。雛形本に掲載された多種多様な文様には、様々なモノ・コトからインスピレーションを受けて時代の流行を形作っていく、制作側のチャレンジ精神が垣間見えます。

     

     

    [注]

    *1 石上阿希・加茂瑞穂編『西川祐信『正徳ひな形』―影印・注釈・研究―』臨川書店、2022年。

    *2 転写の元となった雛形本の存在は未だ判明していませんが、文様構成から江戸時代中頃の雛形本を写したものと考えられます。

    *3 葦手絵:大和絵の一種、葦手の文字を巧みに取り入れた装飾的な絵画。料紙の下絵などに用いられたが次第に模様化して、蒔絵(まきえ)や服飾などに用いられるようになった。(『精選版日本国語大辞典』

     

    [参考文献・URL]

    上野佐江子・山辺知行『小袖模様雛形本集成』学習研究社、文彩社(編集製作)、1974年.

     

    第1回「千總と近世文化

    第2回「団扇本

    第3回「ちりめん本

    第4回「江戸時代の画譜

    第5回「名所図会

    第6回「武具図解本・目利本

     

    (文責 林春名)