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    [コラム]図書紹介5:名所図会*会員限定*

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    日増しに暖かくなり、思わず旅に出かけたくなる季節が近づいてきました。長く続いた外出制限も緩和されたことで、ゴールデンウィークの旅行計画を立てていらっしゃる方も多いかと思います。

    旅行先の情報を集めるとき、私たちは何をよすがとするでしょうか?現代の私たちはスマートフォンを片手にすることが多くなりましたが、紙のガイドブックを携えるという方もいらっしゃるでしょう。

    このようなガイドブックは江戸時代にはすでに存在していました。今回ご紹介する「名所図会」は、江戸時代後期を中心に出版された日本各地の観光ガイドブックともいうべき版本です。このような版本が出版された背景には、江戸時代を通じて行われた街道の整備と、出版技術の確立があります。この二点については千總ギャラリーコラム「御所解模様を読む」でもご紹介していますが、モノ、ヒトや情報の移動を活発にし、旅行ブームを巻き起こす要因となりました。

    近世・近代の名所図会や旅にまつわる版本には、数百年も昔の人々の旅への感情が込められています。これらの版本を通して、場所だけでなく時をも超えた旅行に出かけてみませんか。

     

    名所図会のはじまり

    株式会社千總には、『都林泉名勝図会』『花洛名勝図会』『京みやけ』など多数の名所図会が所蔵されていますが、その中で最も著名な名所図会として『都名所図会』が挙げられます。

    (Fig.1)『都名所図会』秋里籬島著、竹原春朝斎画、1772(安永9)年
    (Fig.2)『都名所図会』秋里籬島著、竹原春朝斎画、1772(安永9)年

    名所図会の先駆けとして知られるのがこの『都名所図会』です。京都の俳諧師・秋里籬島が著したこの書物は、後に様々な名所図会が刊行されるきっかけとなりました。代表的な寺院や地形などのランドマークに加え、隠れた名所や伝説についても取り上げて解説を施し、旅にあこがれる人々の広い支持を受けました。

    Fig1、2に挙げているのは顕本法華宗総本山・妙塔山妙満寺の紹介ページです。現在は洛北にある同寺ですが、近代まで寺町二条に位置していました。「雪の庭」で知られる妙満寺は千總・西村家の菩提寺でもあります。本文には寺の所在地や縁起のほか、堂宇にある「道成寺の鐘」や「中川の井」などといった見どころの由来も紹介しており、まさに現代のガイドブックと同じ構成をとっています。

     

    名所に見たもの

    さて、『都名所図会』を皮切りに、江戸時代後期には旅行ブームに呼応して様々な名所図会が出版されますが、こうした名所図会に人々は何を求めたのでしょうか。時代ごとに変化していく名所図会の要素を探っていきましょう。

    Fig.3 『播磨名所巡覧図絵』藍江中直跋、1803(享和3)年

    『都名所図会』の約30年後に出版されたこちらの本(Fig.3)は、名所図絵を冠しながらも、一見まるで物語本のように見えます。名所図会として見るならば、江戸時代にこのような鎧武者が名所を闊歩していることに明らかな違和感を覚えます。

    同ページの本文には、以下のような内容が書かれています。

     

    梶原二度の蒐

    老人雑話云、箙にさす矢の数は多くは二十四也、此内一ツは矢がらみの結びにて、鎧に

    からみ付る也、二十三は射はらひて跡に一ツ遺さねば箙かくづるゝなり

    (中略)

    梶原が箙の梅はまたく風流にあらず、矢を皆射はらひて梅の枝をさしてえびらを堅めたるなるべし

    (筆者注:適宜改行を省略し、句読点を補った)

     

    内容は「平家物語」中の「梶原二度の懸」を見開きページのテーマとしながら、梶原景季の「箙の梅」の解説に始終しています。『播磨名所巡覧図絵』は播磨国(現在の兵庫県南西部)を取り上げた名所図会ですが、名所の選定の主軸となっているのはあくまで物語や説話であり、その舞台背景としての播磨にスポットを当てているのです。

    はじめにご紹介したとおり、江戸時代は出版物が庶民にも流通する時代です。名所図会がその影響を受けたジャンルのひとつとして挙げられますが、古典文学もまた例外ではありませんでした。名所と古典文学組み合わせた本書は、まさに江戸時代の出版文化が生み出した象徴的な一冊といえるでしょう。

     

    寺院や神社なども、今も昔も変わらず旅の目的地であり続けています。しかし、こちらの本は一風変わった視点でとある神社の見どころを紹介しています。

    (Fig.4)『厳島絵馬鑑』初編巻4、千歳園藤彦著、渡辺対岳ほか画、1848(嘉永元)年
    (Fig.5)同上

    広島県の厳島神社には、19世紀初め頃から半ばまでに奉納された絵馬があります。しかし、これらは現在私たちが親しんでいる一辺15センチメートルほどの絵馬とは違い、一辺1メートルを超えるいわゆる「大絵馬」です。絵馬に描かれた画は様々ですが、航海の安全を祈願した船絵馬や文芸・武芸の上達にまつわるものが多いようです。

    近世の人々にとり、崇敬する社へ赴き絵馬を奉納するというのも旅の目的のひとつであったでしょう。この『厳島絵馬鑑』は、全国各地から厳島神社へ奉納された絵馬が模写付きで紹介されている本です。阿蘭陀船の絵馬(Fig.4)は長崎からの参詣者が奉納したもので、各地からの様々な文化・信仰の結集点としての神社の性格が表れているとともに、人々の旅に対する明確な目的意識が感じられます。

     

    旅と歌枕

    (Fig.6)『扶桑名所図会』檜園梅明編、桂青洋画、天保8(1837)年
    (Fig.7)『扶桑名所図会』檜園梅明編、桂青洋画、天保8(1837)年

    旅先の風景を記憶しておきたいと思うときや、感動的な風景を人に伝えたいと思うとき、歌や詩に詠むことはその手段のひとつです。『扶桑名所図会』は狂歌集として出版されたものですが、狂歌のテーマは日本各地の名所で、1~2ページごとに1か所を主題に掲げて数首の歌を掲載しています。狂歌集の挿絵を多く手掛けた桂青洋の色付きの風景画が挿絵として並び、市井の人々の素朴な生活までもを視野におさめた旅の風景が現代の私たちにも伝わってきます。

     

    さて、旅の醍醐味といえば、その土地の名物やお土産を挙げられる方も多いでしょう。

    (Fig.8)『五畿内産物図絵』大原東野編、1823(文政6)年
    (Fig.9)『五畿内産物図絵』大原東野編、1823(文政6)年

    『五畿内産物図会』は五畿内(大和、山城、和泉、河内、摂津の五か国)の名物や名産をまとめた狂歌本で、Fig.8、9には山城の名物として京野菜、出口の柳、西陣織などがそれらを詠み込んだ狂歌とともに描かれています。風景だけでなくこうしたモノもまた、旅情を掻き立てるものとして好まれたことでしょう。名所に足を運んで(触覚)名勝を眺め(視覚・聴覚)、名物を味わい(嗅覚・味覚)、五感を満たしてこそ旅の実感が得られるのは、今も昔も変わらないようです。

     

    近代のガイドブック

    ここまで江戸時代の版本をご紹介してきましたが、明治時代に入っても各地で名所に関する書籍の出版は続きます。

    (Fig10)『神都名勝誌』東吉貞編、1895(明治28)年10月
    (Fig11)『神都名勝誌』東吉貞編、1895(明治28)年10月

    こちらの『神都名勝誌』は伊勢の名勝や地誌を紹介した書籍です。本書を編集した東吉貞は伊勢神宮の禰宜であり、編集から出版に至るまで伊勢神宮が中心となって伊勢の観光情報をまとめた一冊です。Fig.10、11は「明治二十二年皇大神宮正遷宮之図」と題された一図で、20年に一度行われる式年遷宮の様子を描いた挿絵です。描かれている洋装の警備の隊列が、西洋の技術と力に圧倒されながら日本中がもがいた激動の時代を感じさせます。そのような複雑な時代にさらされながら出版された名所図会には、単なる観光だけでなく、日本の風土の豊かさを再確認する意図も含まれていたのではないでしょうか。

     

    また、同じく明治28年に、京都では平安遷都千百年紀年祭にあわせて京都市内外の観光地を網羅したガイドブックが出版されていました。

    (Fig.12)『きやうと 名所と美術の案内』上巻、松山高吉著、1895(明治28)年3月
    (Fig.13)『きやうと 名所と美術の案内』上巻、松山高吉著、1895(明治28)年3月

    明治時代前期、東京奠都により衰退の危機にあった京都では、電気鉄道の敷設や琵琶湖疎水の整備などに象徴されるような府を挙げての産業振興が急ピッチで進められました。さらに本書が出版された明治28年には、平安遷都千百年紀年祭、第4回内国勧業博覧会などの大きな催しが行われ、京都が産業や文化の中心地としての地位を獲得するため目まぐるしく変化していく時期にありました。

    『きやうと 名所と美術の案内』は、『都名所図会』に取り上げられていたような京都の名所に加え、当時活動していた京都の代表的な画家や企業、産業などについてまとめた上下二巻からなる冊子です。色刷りの挿絵は岸竹堂、幸野楳嶺、今尾景年などといった京都画壇の名だたる画家たちが担当し、書名に恥じない京都の文化の豊かさを感じさせます。

    また、本書の交通網について記載されたページ(Fig.13)では明治28年に開通した京都電気鉄道についても触れられており、当時の京都の最新情報が掲載されていることがわかります。本書が出版されたのは3月で、当初は4月に行われる予定だった平安遷都千百年紀年祭に合わせて出版されたものとみられますが、『都名所図会』に描かれた古き良き京都から近代都市へと様変わりしていく過程が克明に綴られており、興味深い一冊です。

     

    株式外社千總に遺る版本・書籍から、年代を追って名所図会や旅にまつわるものをたどると、名所観光の目的が本来個人的な体験であったものからやがて地域・国家の威信へと拡大していくように思えます。しかし、出版の意図が何であれ、旅先で非日常を味わいたいという感情は昔も今も人々が抱き続けているものです。版本に紹介された名所や名物は、そうした人々の旅へのあこがれに寄り添い続けるでしょう。

     

     

    第1回「千總と近世文化
    第2回「団扇本
    第3回「ちりめん本
    第4回「江戸時代の画譜

     

     

    (文責 林春名)