図書紹介の第3回目は、株式会社千總(以下、千總)に遺るちりめん本をご紹介します。
ちりめん本とは
ちりめん本と聞いて皆様はどんな本を思い浮かべるでしょうか。着物に親しまれている方なら、すぐさまあの凹凸が特徴的な生地の縮緬を想像されるかもしれませんが、それも間違いではありません。
ちりめん本とは、浮世絵と同じ技法で印刷された紙に縮緬のような凹凸が出るように加工を施し、製本したものを指します。
ちりめん本の紙(crape paper, Fig.1)をご覧いただくと、細かな凹凸の筋が縦・横・斜め方向に走っているのがお分かりいただけると思います。挿絵は一般的な木版多色刷の浮世絵と同様、色の数だけ版木を用いて一色ずつ刷る技法が採られており、文字は活版で印刷されています。まず平滑な状態の和紙に印刷を施したのちに凹凸の筋を付けるのですが、以下のような工程で生産されたそうです。
絵や文字を刷った和紙を軽く湿らせて円筒状のものに巻き、それを上から押して縮める工程がある。縮めた紙を一旦開いて、次にそれと直角の方向にまた筒に巻き、押し縮める。さらに広げて今度は斜めに筒に巻き押し縮め、それを少なくとも八回、多い場合は十数回もくりかえすという。*1
手間と技術が求められる作業ですが、このような加工は紙に立体感としなやかさを与え、洋紙とは異なるしっとりとした独特の質感を生んでいます。その手触りはまさに絹の縮緬にも似ています。
これらのちりめん本は、明治時代の一時期に、外国人向けのお土産や日本人向けの外国語の教科書として制作されました。ちりめん本を考案したのは、若くして英語を学び、輸入販売業にはじまり国際的出版業に携わった長谷川武次郎(1853-1936)という人物です。多くのちりめん本が彼の立ち上げた長谷川弘文社により発行され、現在まで伝わっています。
千總のちりめん本コレクション
千總には以下のちりめん本が所蔵されています。
シリーズ・巻数 | 英題 | 邦題 | 出版年代 | 員数(冊) |
---|---|---|---|---|
Japanese Fairly Tail Series No.2 | The tongue cut sparrow | 舌切雀 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.3 | Battle of the monkey and the crab | 猿蟹合戦 | 1886(明治19)年 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.5 | Kachi-kachi mountain | かちかちやま | 1885(明治18) 年9月29日 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.6 | The mouse’s wedding | ねずみのよめいり |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.7 | The old man & the devils | 瘤取 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.8 | Urashima | 浦島 | 1886(明治19) 年7月9日 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.9 | The serpent with eight heads | 八頭ノ大蛇 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.10 | The Matsuyama mirror | 松山鏡 | 1886(明治19) 年12月 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.11 | The hare of Inaba | 因幡の白兎 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.12 | The cub’s triumph | 野千の手柄 | 1887(明治20) 年1月 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.13 | The silly jelly-fish | 海月 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.14 | The princess fire-flash & fire-fade | 玉の井 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.15 | My Lord Bag-o’-Rice | 俵表太 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.16 | The wonderful tea-kettle | 文福茶釜 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.17 | Schippeitaro | 竹箆太郎 | 1888(明治21) 年2月6日 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.18 | The ogre’s arm | 羅生門 | 1889(明治22) 年8月16日 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.19 | The ogres of Oyeyama | 大江山 | 1891(明治24) 年7月28日 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.20 | The enehanted waterfall | 養老の瀧 |
| 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.21 | Three reflections | 三つの顔 | 1894(明治27) 年 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.22 | The flowers of rememberance and forgetfulness | 思い出草と忘れ草 | 1894(明治27)~1898(明治31) 年 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series No.23 | The boy who drew cats | 猫を描いた少年 | 1898(明治31) 年 | 1 |
Japanese Fairly Tail Series Extra No. | Princess splendor the wood-cutter’s daughter | 竹取物語 | 1889(明治22) 年 | 1 |
Japanese Fairly Tail Second Series No.1 | The goblin spider | 蜘蛛 | 1899(明治32) 年 | 1 |
| Japanese topsyturvydom | さかさまの国日本 |
| 1 |
| Oyuchasan | おゆちやさん | 1893(明治26) 年 | 1 |
| Japanese pictures of Japanese life | 日本の人々の生活 | 1895(明治28) 年 | 1 |
| The children’s Japan | 日本の子供の一年 | 初版1892(明治25) 年、再版1895(明治28) 年 | 2 |
| Kohanasan | 小花三 | 1892(明治25) 年 | 1 |
| The rat’s plaint | 老鼠告状 | 1891(明治24) 年 | 1 |
| Karma: a story of early buddhism | カルマ | 1896(明治29) 年 | 1 |
| Pocket guide for the land of the rising sun | 1 | ||
| The Japanese months vol.1,2 | 日本の一年 | 1894(明治27) 年 | 2 |
| Japanese jingles | 日本の小唄 | 1891(明治24初版) 年 | 1 |
このうち、「Japanese Fairly Tail Series」(欧文日本昔噺)と題された一群が、ちりめん本の代表作として広く知られています。舌切雀や猿蟹合戦など、現在でも子どもに親しまれている昔話が宣教師D・タムソンや宣教医J・C・ヘボンらによって翻訳されたシリーズです。千總ではこのシリーズのうちMomotaro or Little Peachling(桃太郎)およびThe Old Man who made the Dead Trees Blossom(花咲爺)の2冊を欠いていますが、その他は良好な状態で今日まで伝わっています。
また、The mouse’s wedding、Schippeitaro、The ogre’s arm、Oyuchasanについてはちりめん本とは別に、平紙本も所蔵されています。平紙本とは縮緬加工のされていない本のことで、つくりは一般的な和綴じ本と変わりありませんが、内容はちりめん本のものと同様です。
ちりめん本を並べてみると、表紙は実に色鮮やかに刷られ、一部の本の題字にいたってはそれぞれの内容に合わせて書体もデザインされる手の込みようで、絵と文字の配置にも並々ならぬこだわりが注がれていることが窺えます(Fig.2,3)。挿絵を担当したのは小林永濯(1843-1890)という画家で、狩野派を学び、錦絵や挿絵の分野で筆を振るった人物です。挿絵は半丁に1枚入れられる場合もありますが、Fig.5のように挿絵の中に本文が埋め込まれる場合もあり、文章と挿絵が一体となった美しい画面構成となっています。
ちりめん本の蒐集
それでは、これらのちりめん本はいかにして千總で保管されるに至ったのでしょうか。『旧目録』には、以下の記載があります。
第273號 昔噺 弐冊綴
第297號 昔噺 弐冊綴 (明治)廿四年三月東京出張中長谷川購入
第744號 縮紙本 英字日本画帖 三十六冊
※()内は筆者
千總には「昔噺」と題された平紙本の2冊1綴りが2冊所蔵されていますので、第273・297号がその2冊に該当すると思われます。そして第744号がちりめん本コレクションに該当するものと考えられます。購入の日付や購入先は欠けており特定できませんが、棚卸の年号から少なくとも大正8年までには所蔵されていたものとみられます。
興味深いのは日本昔噺シリーズを含めたちりめん本が「英字日本画帖」として記録されている点でしょう。絵本を通して「西洋が求める日本」を海外へ輸出する手段のひとつであったちりめん本ですが、国内においてもその日本「らしさ」が享受されていたことが窺えます。その「らしさ」とは物語の内容のみならず、江戸時代から続く浮世絵の技法や、幕府お抱えの画派である狩野派を学んだ画家の起用など、ちりめん本を構成するあらゆる要素によって演出されていたのでしょう。
ちりめん本が出版された明治18年頃から30年代は、千總の12代西村總左衛門が海外の博覧会へ多数の染織品を出品し海外へ販路を広げた時期と重なります。活版印刷技術が導入され大量印刷が可能な時代に、あえて木版の手刷りや手間のかかる縮緬加工にこだわった長谷川武次郎の姿勢は、販路を模索していた近代京都の染織業者へも一石を投じ得るものであったのではないでしょうか。近代の千總による日本「らしさ」とは何かという問いは、こうした資料の蒐集を通して形にされていったのかもしれません。
[注]
*1 石澤小枝子『ちりめん本のすべて』三弥井書店、2004年、pp.7-8より引用。
*2 各邦題は後掲の白百合女子大学「ちりめん本コレクション」を参考とした。
[参考文献・URL]
石澤小枝子『ちりめん本のすべて』三弥井書店、2004年
湯川史郎「放送大学附属図書館所蔵「ちりめん本コレクション」調査ノート─メディア史の視点から─」『放送大学研究年報』37号、2020年
尾崎るみ「弘文社のちりめん本『欧文日本昔噺』 シリーズ誕生の背景 ―長谷川武次郎・デイビッド・タムソン・小林永濯の協働」
白百合女子大学「ちりめん本コレクション」
https://www.shirayuri.ac.jp/lib/archive/rarebooks/crepepaperbooks/collection.html
図書紹介
(文責 林春名)