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    [コラム]図書紹介1:千總と近世文化*会員限定*

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    千總では、友禅染の図案や法衣類の制作資料とするために集められたと思しき多数の図書を所蔵しています。

    その具体的な内訳については現在調査を進めている最中ですが、多くは江戸時代から明治時代にかけて出版されたもので、染織関連の版本資料として代表的な小袖雛形本をはじめとして、浮世草子、俳諧書、画手本、近代の博覧会図録など、多種多様な図書が確認されています。

     

    とくに版本資料は近世の文化を広く網羅するラインナップとなっており、これらの図書から得られた知識が千總のものづくりに活かされたことが想像されます。

    千總に所蔵される図書資料を大正から戦前頃にかけてまとめた目録(『図書部購入台帳』)のうち、入手日が明らかな図書類を参照すると、多くは明治20年頃から大正期にかけて収集されたようです。明治20年代の千總は度重なる国内外の博覧会への出品・受賞、京都美術協会結成への支援、『景年花鳥画譜』の出版など、美術染織品を軸として美術界・染織業界の両方において積極的に活動を行った時期にありました。新しさだけではなく典拠をも兼ね備えた近代の商品製作に、これらの図書が活かされた可能性があります。

     

    さらに、「御装束師の時代」でもご紹介しているとおり、千總は有職故実に基づいた装束の調製も行っていました。そうした需要に的確に応えるためには、装束のみならず儀式・調度・技芸といった幅広い文化に精通している必要があります。

    庶民・寺社・公家、そのいずれが持つ文化にも深い知識と理解を備えることが、変革を迎えた染織業界に新たな息吹を吹き込むための基礎となっていたといえるでしょう。

     

    図書紹介のコラムでは、各回にテーマを設けてこれらの図書資料の一部をご覧いただきます。今回は「千總と近世文化」をテーマに、3つの図書をご紹介したいと思います。

     

    柳亭種彦作 『偐紫田舎源氏』

    Fig1 『偐紫田舎源氏』(にせむらさきいなかげんじ)

    1冊/木版/柳亭種彦(りゅうていたねひこ)作、歌川国貞挿絵/1829年(文政12)~1842年(天保13)

     

    紫式部の長編小説「源氏物語」をベースに、時代設定を室町時代に作り変え、全体に独自のアレンジを加えた作品。主人公である足利義政の妾腹の子・光氏が、将軍位を狙う山名宗全を抑えて栄華を極めるストーリーです。物語は江戸日本橋式部小路の女・お藤の視点で語られ、実在の人名を交えつつも随所に源氏物語の要素を感じさせる内容となっています。

    江戸時代には出版文化の隆盛に伴い、古典文学が大衆向けに絵入り版本化され、「源氏物語」や「伊勢物語」をパロディ化した作品が多数出版されますが、これもその代表的なもののひとつです。

     

    Fig.2 『偐紫田舎源氏』

    Fig.3 『偐紫田舎源氏』27編下中扉

     

    こうした版本が流行することで庶民の間で古典モチーフ(牛車、檜扇、御簾など)が小袖に表される土壌ができたという指摘もあるとおり、パロディ本といえども、小袖模様を生み出した江戸文化を知る大切な要素となっています(*1)。

    『図書部購入台帳』を参照すると、『偐紫田舎源氏』だけでなく、それを種彦門弟の笠亭仙果と柳下亭種員が模倣した『其由縁鄙俤』(そのゆかりひなのおもかげ)も併せて収集されていたことが分かります。しかしその原典となる「源氏物語」については梗概書である『源氏小鏡』の中巻が遺るのみで、ほかには収集されていないようです。古典の教養としてではなく、大衆文化を知る資料として「源氏物語」のパロディ本が集められたと考えられます。

     

    松岡辰方著 『織文図会』

    Fig.4 『故実叢書織文図会』(こじつそうしょしょくもんずえ)

    6冊/木版色刷/松岡辰方(まつおかときかた)著、本間百里(ほんまひゃくり)増補/原本文化~文政期、明治期復刊

     

    こちらは江戸時代後期の有職故実家・本間百里(1784~1854)が師である松岡辰方(1764~1840)の『織文図会』を補修した有職故実書を、明治期に復刊したものです。

    有職故実書とは朝廷や公家・武家の古来の儀式や習慣のあり方を研究する学問で、本書の原本が出版された文化・文政期は国学が大成された時期といわれています。

     

    Fig.5 『故実叢書織文図会』錦織物

     

    本書には装束の色目や文様が女官・狩衣・錦織物・礼服・御幸の5部に分けて解説されています。各巻はそれぞれ宮中に仕える女官の装束・公家男性の普段着であった狩衣・宮中のしつらえに使われる錦織物・公家と武家の正装である礼服(らいふく)・天皇や上皇の外出時の服装の色と文様について、色刷りの見本が掲載されています。

     

    Fig.6  『故実叢書織文図会』女官

     

    画像の左下「裏 紅綾板引」には、幸菱模様が浮き彫りのようになっています。これは空摺(からずり)といい、絵の具を付けていない版木に紙を摺り付け、紙の表面に凹凸のみを表す技法です。制約された印刷技術のなかで最大限に織文様の質感を再現しており、目にも鮮やかな有職織物の図鑑となっています。

    ほかにも『服色図解』『大内裏図考証』『尚古鎧色一覧』などを含む故実叢書シリーズが現在まで伝わっており、この種の有職故実書が商品制作の現場で求められていたことが分かります。

     

    王概著 『芥子園画伝』

    Fig.7 『芥子園画伝』(かいしえんがでん)

    18冊/木版色刷/王概著/原本清時代(17~18世紀)、復刊年代不明

     

    中国清代の画家・王概(おうがい)による絵の手引書で、画論や画手本、絵画技法や画材の解説がまとめられています。画手本は梅や竹などの植物、岩、人物、鳥などといった絵画には欠かせない様々なモチーフを描き順とともに様々な見本図で示しており、見る者を楽しませます。

    初心者向けの教科書というべきもので、江戸時代に日本に渡って当時の日本の絵師たちへも大きな影響を与えています。

     

    Fig.8 『芥子園画伝』翎毛譜上巻

    Fig.9 『芥子園画伝』翎毛譜下巻

     

    千總に所蔵されている本書は国内で出版されたもので、南画家を中心とした国内での需要の高まりを受けて京都の菱屋孫兵衛が出版しました。さらに、この本の内容を踏まえて国内向けに出版された南画の入門書『漢画独稽古』(宮本君山著、1807年(文化4)序)もまた、現在まで千總に所蔵されています。

     

    千總におけるこうした画手本は図案家や友禅の下絵師が参照するために収集されたとみられます。近代の職人たちが江戸時代の絵師たちと同水準の知識と技術を身に付けていた様子が浮かび上がります。

     

     

    [参考文献] *1切畑健「『源氏物語』の小袖意匠」吉岡幸雄(編)『原色日本の意匠 1源氏物語』京都書院、1983

     

    (文責:林春名)