資料紹介:三国幽眠書簡 *会員限定*

明治5(1872)年に、西村總左衛門家の12代当主となるべく迎えられたのが、三国直篤(みくになおあつ、1855~1935)でした。直篤は、越前出身の儒学者・三国幽眠(みくにゆうみん、1810~1896)の三男です。幽眠は、天保3(1832)年に上洛し、天保8年以降は鷹司家の儒官を務めるなど、活動の拠点は京都にありました。

 

これまで、西村家に入った後の直篤(12代西村)は、家族行事において幽眠と交流を持っていたことが、千總に現存する詩画軸などで確認することができていました。ところが、このほど調査を進めている幽眠の書簡によると、家族行事だけではなく12代西村の呉服商売においても、関わりがあったことが明らかとなりました。

幽眠書簡 竹陰(12代西村總左衛門)宛 1通

紙本墨書 縦15.6 cm  横 35.7 cm

明治時代(19~20世紀)

 

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