染織品紹介8:中国の繍と織 *会員限定*

本コラムシリーズは、株式会社千總ホールディングス(以下、千總)に所蔵される染織品をとおして日本のさまざまな染織文化をご紹介しています。

今回は隣国である中国からもたらされた裂類を例に、明治から大正期における海外染織品の受容について考えてみましょう。

 

近代の千總において、海外のデザインは次々と売り出される型友禅の柄のデザインソースとして重要なものでした。西洋の雑誌や手工芸品のみならず、中東やアジア諸国の染織デザインも型友禅の模様として取り入れられました。日本の染織やデザインは古くから絶えず中国文化の影響を受けてきましたが、近代に入り、西洋列強の視座を通じたある種超越的な視線も中国の文物に注がれるようになりました。

 

近代の千總で収集された物品の目録である「図書部購入台帳」には、1911(明治44)年の「日本支那絵画小史」 の購入を皮切りに、大正から昭和初期にかけて中国美術に関する書籍や中国染織品の収集履歴が遺されています。そこに記された「塩瀬地支那宮殿」 (1918・大正7年購入)や「支那官服」(1922・大正11年購入)といった染織品は現在の株式会社千總ホールディングスの所蔵品としても遺り、当時の千總において中国デザインへ一定の関心を持っていたことを伝えています。

 

 

本文は、「会員ページ」でご紹介しています。