〈大津唐崎図〉の本格解体修理の完了

千總とも縁の深い画家・岸竹堂による「大津唐崎図」。
その本格解体修理が2022年より実施され2024年に完了しました。

当研究所は、修理監理として、株式会社千總(現 株式会社千總ホールディングス)に事業の運営と指導助言の協力を行いました。

 

大津唐崎図とは

〈大津唐崎図〉(八曲一双、絹本著色)は、右隻に雪暮の大津の町並み、左隻に三上山に臨む唐崎の松という、琵琶湖の景勝地をあらわした作品です。

1875(明治8)年に制作され、翌年のフィラデルフィア万国博覧会(アメリカ合衆国)に、千總当主・西村惣右衛門(12代西村總左衛門)の名前で出品されました。千總にとっても、竹堂にとっても、これが初めての万国博覧会出品であり、本作は両者にとって記念碑的作品とも言えるでしょう。


他方で、絵画の表現や技術の面に関しても兼ねてより注目されており、特に陰影法等の西洋絵画技法を想起させる実験的な絵画表現と、それが明治初期という早い段階に実施されていたことから、竹堂の先駆性を示すことが長年指摘されています。

※詳しい解説はこちらを参照ください。

 

  

大津唐崎図 修理前(左:左隻、右:右隻)

  

大津唐崎図 修理後(左:左隻、右:右隻)

 

屏風の本格解体修理


岸竹堂の代表作のひとつに数えられる〈大津唐崎図〉は、これまで様々な展覧会に出陳されてきました。しかしそのために、屏風下地の歪みなどの経年の劣化が目立ち、汚れも蓄積している状態にあり、作品の状態を抜本的に改善する必要がありました。そこで、このたび本格解体修理が実施されることとなりました。

一般的に屏風の構造は、下地組子と呼ばれる木組みに紙を複数層に貼り重ねた屏風下地に、絵の描かれた本紙を貼り付けた上で、表具裂や襲木(縁木)などで装飾されています(屏風の構造についての詳しい説明はこちら※東京文化財研究所のサイトにリンク)。また、そこに絵画を貼り付ける場合は、絵画の本紙の裏に紙を貼り付けて、本紙自体を補強します。

そして、屏風の本格解体修理とは、すなわち本紙の裏側に貼り付けられた裏打紙(肌裏紙 はだうらがみ)、および屏風の下地組子を、新しい材料に交換する修理のことを意味します。

〈大津唐崎図〉の修理においては、屏風下地から本紙を剥がした上で、本紙の裏の全ての旧裏打紙を除去した後、新しい紙で裏打ちを施し、他方で画面のクリーニングや絵具の強化、絵絹の欠損部分を補うなどの処置を行いました。そうして処置を終えた本紙を、新調した組子下地に紙を貼り付けた屏風下地に貼り付けた後に、新しい表具裂と襲木、金具を取り付けて仕上げました。

 

修理の成果―約1世紀ぶりの姿


このたびの修理を通して、本紙を支える肌裏紙や、さらにそれを支える屏風下地が新調されたことにより、作品の構造が安定しました。さらに、汚れが除去されたことにより、画面に描かれた人や建物、松や雪などの各モチーフが見えやすくなりました。


さらに大きな変化として、本紙の周囲に貼り付けられた表具裂の見附幅を変更したことです。実は、屏風の解体時に本紙の周辺部に表現の一部が表具裂に覆われていたことを確認し、さらに1875(明治8)年に撮影された出品時の写真「明治八年米国費府萬国博覧会出品」(西村惣右衛門, 1875年12月)から、同表現が当時露出していたことが明らかになりました(右隻1扇目の建物、および左隻8扇目の松の枝端に、改装前後の見え方の差異を明確に確認できます)。

 

左隻8扇目の拡大画像(左:修理前 中:表具裂除去後 右:1875〔明治8〕年撮影時 

1875年では松の枝端が見えているが、今回の修理前では表具裂に覆われている。

 

そこで、このたびの修理では、関係者間で慎重に協議した上で、出品時の画像と本紙の痕跡から推定して、組子下地の寸法および表具裂の貼り込み位置と見附幅を修正し、出品当初の装丁に限りなく近づけることにしました。変更した寸法は決して大きくはありませんが、修理前よりも修理後の方が画面の拡がりが感じられると思います。

なお、修理前の装丁に改装された時期は明確にはわかりませんが、『竹堂画譜 続篇』(山田芸艸堂,1903年)に改装前、『明治大正名作大観 日本画 上』(織田信大編, 巧芸社, 1927年)に改装後の画像が掲載されていることから、おそらく明治末期から昭和初頭に改装されたことが推測されます。


したがって、このたびの修理により約1世紀ぶりに制作当初、すなわち岸竹堂と千總当主が見ていたであろう〈大津唐崎図〉の姿にほぼ戻すことができたことになります。

 

今後の展望


〈大津唐崎図〉は、修理によって作品の状態も画面の見え方も一新しました。

しかし、作品の保存は、修理をして終わりではなく、寧ろその後に行う日々の管理とメンテナンスが非常に重要です。先人が大切に守ってきた作品を、我々の代が受け継ぎ、さらに次の世代にもその魅力を伝えられるよう、当研究所は今後も作品の保存活動を続けて参ります。

〈大津唐崎図〉は来年度以降で展覧会等に出陳する予定です。また、このたびの修理に伴い実施された、色材や絵絹に対する科学分析を結果についても、今後詳細な修理報告と共に発表することを計画しております。

 

装いを新たにした〈大津唐崎図〉を、皆様にご高覧いただけましたら幸いに存じます。

 

 


謝辞

本修理に係る作品調査の一部は、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団 令和5年度芸術研究等助成事業の助成を受けて実施されました。

また、本修理は株式会社岡墨光堂により実施されました。丁寧な修理処置だけでなく、詳細な修理記録の作成まで全面的にご協力いただきました。ここに記して深く感謝申し上げます。

 

(文責 小田)