事業報告会「染織技術から学問とクリエイティビティを学ぶ教育プログラムの開発」
事業報告会「染織技術から学問とクリエイティビティを学ぶ教育プログラムの開発」
日時:2022年3月25日(金)14時〜16時 オンライン形式
千總文化研究所では、母体である株式会社千總(以下,「千總」)が持つ様々な有形・無形の文化財を多角的に捉え、新たな価値の創造と文化芸術の振興への寄与を目指しております。今回はそうした無形文化財の一つである染織技術を題材に開発した教育プログラムと、その実施状況と成果について報告しました。
当該プログラムは、函館工業高等専門学校の下郡啓夫教授と共同開発しました。下郡教授は、工学教育、評価教育、芸術実践論などをご専門とし、日本STEM教育学会 STEM教育研究会SIG 研究代表者、芸術思考学会 会長などを務めておられます。
STEAM教育とは、Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Arts(リベラル・アーツ)、Mathematics(数学)を統合するもので、昨今の教育現場で脚光を浴びている教育手法です。そうした横断的な学びが有効であるならば、千總のもつ染織技術も教育教材として提供でき、教育に資すると同時に技術を伝えることができるのではないかと、日本STEM教育学会にコンタクトをとったところ、下郡先生に「では僕の授業でやってみましょうか」と言っていただいた次第です。
プログラムをどのように構築したか
プログラム内容は下表の通りです。
発表スライドより【実施STEAM教育プログラム】
これを函館工業高等専門学校の令和3年度専攻科1年24名(男子23、女子1)を対象として、2021年9月の終わりから2022年1月の終わりにかけて、計15回にわたって実施しました。
報告会では、まず前段として、プログラムをどのように構築したかを、下郡先生にご解説いただきました。
下郡先生は「答えのない問題」に満ちた現代には「イノベーション」が不可欠であるとし、そのための人材育成手法として評価の高い「SECIモデル」(註1)と「センスメイキング」(註2)を用いたプログラムをご提案くださいました。
発表スライドより【本事業でのモデルフレーム】
その具体化として、最初の「知覚」のプロセスでは「Visible Thinking」(註3)、二番目の「思考」では「知識構成型 ジグソー法」(註4)を活用し、三番目の「実行」では友禅染の技術を実際に体験してもらうこととしました。
授業の具体的な進め方
さて、実際の授業では、最初に千總が所有する江戸時代の小袖、現代の振袖、千總が以前発行していた雑誌を「知覚」の題材として、“ファッションとは何か?”“職人の観察力の深さ”などをVisible Thinkingの手法で考察し、着物や染織技術を理解する土台をつくってもらいました。
発表スライドより【プログラム構成図】
続く「思考」の授業では、“千總の歴史と日本の染織品の課題”、そして“染織技術の課題”について、知識構成型ジグソー法に基づき、グループ単位で考察と検討をしました。
そしてまとめとなる「実行」では、職人文化と技術を体感してもらうために“友禅染の色づくりのワークショップと職人との対話”と“手描き友禅、手捺染、インクジェットプリントの3つの染色技術における人の手仕事と機械の技術の比較検証”を行いました。
*それぞれの実施状況は千總文化研究所公式ウェブサイトの活動紹介内の教育普及記事にて紹介しております。
こちらをご覧ください。
プログラムから得られた気づきと課題
報告会では、授業で寄せられた学生からの意見や感想を紹介するとともに、プログラムの成果と教育効果の分析も発表しました。
例えば“3つの染色技術の比較検証”では、「安価に量産はできるようになったが、味が失われる、基本的な理論や方法がわからなくなる可能性がある」「職人の仕事をデータ化できる一方で、技術伝承の機会が失われる」といった問題提起のほか、「機械と人との組み合わせでこれまでにないデザインができるかも」といったポジティブな意見も聞かれました。機械にしかできないこと、人間にしかできないことを知った上で、後者をいかに守ってゆくかを考えてもらうのがプロジェクトの目的でもあったので、その一歩が得られたと感じております。
下郡先生からは“Visible Thinkingで回答の構造化ができている学生のチームは「実行」における色再現の精度が高い”、また“授業前は「着物は成人式に着るもの」といった漠然としたイメージであったのが、授業後は「技術、デザイン、描く」といった創造性に関わる言葉が出てきて、伝統文化を未来に活用していこうという意識がみられる”という大変興味深い分析結果をご発表いただきました。
発表スライド:【Visible Thinkingと「実行」の関係】
こうした意識変容は大きな成果であり、伝統技術の未来を考える上で重要な示唆となりました。
報告会の最後に行われた質疑応答では、教育現場やメディアの方々から核心をつくご質問があり、オンライン上にもかかわらず活発な意見交換もさせていただきました。
今後は初年度の反省点と改善点をふまえ、ブラッシュアップしたプログラムを構築して、教育にも寄与してゆく所存です。
引き続きこのプログラムについてのご意見をお寄せ願うとともに、当研究所の活動にご理解とご協力を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。
註1)野中郁次郎教授(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)が提唱した,個人が蓄積した知識や経験(暗黙知)を組織全体で共有して形式知化し、新たな発見を得ていく,知的創造プロセスのこと
註2)アメリカの組織心理学者カール・ワイクによって提唱された,ある経験や今起きている現象に対して、能動的に意味を与えることで,状況を好転させていく思考プロセスのこと。
註3) 定型的な質問を通して、学習の根源に必要である内発的なモチベーションがどこから生まれているのかを確認し、さらにその内発的なモチベーションを起点とした学びを可視化する手法。学習者が自身の思考を省察することをサポートし、考える力を育てます。ハーバード大学教育大学院のプロジェクト「プロジェクト・ゼロ」で研究されました。
註4) 複数の視点による資料をグループに分かれて読み込み、納得できたことを他のグループメンバーに説明することにより知識を交換して理解を深め、問題解決することを学ぶ手法。東京大学CoREFにより開発されました。
本事業は、令和3年度文化庁補助金「地域と共働した博物館創造活動支援事業」(主催:京都歴史文化施設クラスター実行委員会)、JSPS科研費20K02899の助成の元、実施されました。