[コラム]千總と近代画家9:梅村景山、芝千秋 *会員限定*

明治期の千總は、刺繍絵画や友禅製品において数々の受賞を重ねましたが、その華々しい功績には多くの画家の協力が不可欠でした。画家との繋がりは、現在株式会社千總(以下、千總)に所蔵される絵画や友禅裂などの美術工芸品だけでなく、文書でも確認することができます。本コラムでは、シリーズで明治・大正時代の決算報告書類に登場する画家を紹介し、試みに当時の千總または京都の美術工芸業界のネットワークを改めて整理することを目指します(決算報告書類についての説明はこちらをご覧ください。)。

 

第9回は、梅村景山(うめむら けいざん)と芝千秋(しばせんしゅう)です。景山は1880(明治13)年頃、千秋は1892(明治25)年頃から画工として千總に出入りしており、両者それぞれが関係した作品や資料が多数現存しています。現在の千總の図案室に繋がる重要人物に数えられるでしょう。

 

[梅村景山]

・決算報告書類の掲載年  1890(明治23)年、1898(明治31)年~1917(大正6)年

・生没年月日          1866(慶応2年)年2月―1925(大正14)年1月19(享年60歳)

・出生地                   京都

・住所        下京区(現中京区)御倉町など

・家族        父 梅村三内(医者:歯科医カ)

・師匠        鈴木瑞彦(明治9年頃カ)、今尾景年(明治10年頃~)

           ※一説には漢籍と書道を市村水香に師事

・主な作品

〈長春小禽図〉(1887)第16回京都博覧会出品 ※行幸啓時に出品

〈月下秋草〉(1893)シカゴ・コロンブス世界博覧会出品 受賞 

月下鶉〉(1896)第2回新古美術品展覧会(明治29)3等

秋圃〉(1900)第5回パリ万国博覧会出品 銅牌

王安神宮春景図〉(1899)美術展覧会出品(第5回) 3等銅牌

 

[芝千秋]

・決算報告書類の掲載年 1914年(大正3)~1922年(大正11)

・生没年月日           1877(明治10)年3月14日―1956(昭和31)年2月19日(享年79歳)

・出生地                   京都

・住所        京都市(上京区〔現中京区〕)上巴町、下京区〔現中京区〕六角町、上京区(同)車屋町、室町夷川上ル鏡町、上京区下立売通新町東入ルなど)

・家族        父 耕造、母 キミ

           養父 鎌田貞策、養母 圓

・師匠        梅村景山、浅井忠

・主な作品

〈熊谷通實笛聲ヲ聞ノ図〉(1898)第4回新古美術展覧会出品 二等褒状

図案〈犬ニ鎧ノ置物〉(1898)第4回新古美術展覧会出品 三等

〈森〉(1908)関西美術会第7回競技会出品 2等

〈雨に暮るゝ日〉(1919)第1回帝展出品

 

・略歴

梅村景山と芝千秋は師弟関係にあり、ともに長らく千總の製品下絵を手掛けた。

 景山は、鈴木瑞彦ののちに今尾景年に師事した日本画家である。通称豊三郎、名は義方、字は士直、別号に倚竹。医者・梅村三内の三男として生まれ、千總と同じく烏丸三条西入ル地域を永らくの活動拠点とした。画業の全容は十分に明らかにされていないが、内国絵画共進会をはじめとして、様々な美術展や博覧会に出品し、受賞を重ねた。他方で、美術業界に関する団体の設立への関与や、その活動への参画の記録がのこる。1891(明治24)年には、若手画家が結成した京都青年絵画共進会の創立委員に名を連ね、また同時期に画家の社交団体である「知新会」の設立に携わった。さらに1896(明治29)年には全国を視野に入れて共進会の開催や画家の交流・研鑽を促し、且つ如雲社の後継ともいえる「後素協会」(委員長:今尾景年)の委員を務めた。

 千秋は景山門下であり、他方で浅井忠に洋画を学んだ画家で、なかでも鉛筆画を得意とした。本名は千代、幼名は千代造(蔵)。両親は幼少期に他界し、伯母を頼って六角町の鎌田家に身を寄せる。その頃に生計を立てる手段として、絵を学び始めたという。明治20年代頃から、京都美術協会が主催する新古美術品展覧会に入選し、1898(明治31)年に〈熊谷通實笛聲ヲ聞ノ図〉で2等褒状を授与された。以後、千秋は活動の幅を拡げて研鑽を重ねた。翌年に、梅村景山の門下生らが結成した同窓研究会に参加。また1902(明治35)年には京都に移ってきたばかりの浅井忠に入門し、翌年には浅井が開設した聖護院洋画研究所に入学した。1906(明治39)年には、千種掃雲、神阪松濤らとともに丙午画会を結成する。同会は洋画の技術を取り入れることで日本画の近代化を図った若手画家の集まりであり、その他に小川千甕、秦テルヲなどが参加した。こうした活動の傍ら、千秋は、1892(明治25)年の写本から始まり、太平洋戦争下に千總に設立された西村總染織研究所に職員として名を連ねるまで、画工・図案家として千總に出入りした。

 

・梅村景山に関する千總現存の資料

友禅裂

①〈龍田吉野模様1880(明治13)年、②〈裂取陰扇取百花〉1885(明治18)年

③〈楽器散し〉 1892(明治25)年、④〈絵馬尽くし〉 1893(明治26)年

 

友禅裂は、千總が明治から昭和時代にかけて手掛けた製品を軸装した資料群です。

岸竹堂、今尾景年など多くの画家がその図案を提供した画工として名を連ねるなか、景山は7点の友禅裂の下絵を制作しました。

いずれも全面に花や楽器、絵馬などのモチーフが散りばめられた華やかな図案です。

 

①   ② 

 

  

 

製品下絵(伝 梅村景山)

「おたふく福禄寿」(明治時代前期)、「水禽図」(明治時代前期)

梅村景山作と伝わる製品下絵。「西村組」の印影を確認できることから、明治時代半ばまでの制作と考えられます。

〈おたふく福禄寿〉では、おたふくの三味線に合わせて、ほっかむり姿の福禄寿が陽気に舞っています。軽妙な筆線により、お多福のふくよかさや柔らかさ、そして福禄寿の、腕を上げ扇を振る、楽し気な動作があらわされています。一方の〈水禽図〉には、梅花の下でつがう水辺の鴛鴦が描かれています。そのほとんどが輪郭線を用いない没骨法であらわされており、〈おたふく福禄寿〉とは異なる画法が用いられています。

 

 〈おたふく福禄寿〉

 

 〈水禽図〉 

 

写本 「景印古本うつし」(明治時代)

 景山の筆と伝わる写本。雪舟や雲谷派など漢画派の絵画が、14丁にわたって墨で描かれています。

輪郭線の始筆の打ち込みが強い衣の表現や、それに相対する柔らかい輪郭線の面相表現、またかすれた筆すなわち渇筆を活かして没骨法で描かれた羽根などからは、景山の漢画派の筆墨表現に対する深い理解が伺えます。

 

 

 

他方で景山は『麁画国風』、『播磨名所巡覧図会』などの版本を千總に納めていました。

そうした記録は、景山が千總において、単なる下絵制作者ではなく、書籍や古画を提供することにより千總の図案の学習にも貢献した先生のような存在であったのではないかと想像させます。

 

・芝千秋に関する千總現存の資料

〈楠木と栗鼠〉(1面, 絹本着色, 大正・昭和時代

小さなシマリスが、大きな楠の幹にたたずむ。前足を上げて立ち見つめる先には、緑の葉とともに黄色に色づき始めた葉が。

楠は4月に紅葉することから、冬眠から目覚めたシマリスが春の訪れを感じているのかもしれません。

本作は、絵絹に濃彩で描かれています。手前の楠の幹や緑の葉は写実的に描かれている一方で、楠の向こう側にある葉や枝はそれぞれが単色であらわされており、装飾的な表現です。

 

伊豆蔵人形図(30枚のうち1枚, 絹本著色, 昭和24〔1949〕年頃)

 

友禅軸〈風俗美人図〉(4幅のうち1幅, 友禅染, 昭和19〔1944〕年)

千秋が下絵を手掛けた友禅裂。華やかな衣装に身を包んだ女性が、扇を片手に舞っています。

当時、重要文化財〈舞踊図〉(17世紀, 京都市蔵)のうち4扇をもとに、本作を含む4幅の友禅裂が、原図の面相や動作・小袖の模様を変えて昭和時代に制作されました。

 

写本「花結の種々」(1冊, 紙本著色, 明治25〔1892〕年)

扇、貝桶などの様々な器物にまつわる長緒の結び方:花結びが、図解や解説文とともにあらわされています。

本作は、山本五郎なる人物が所蔵していた「花結の種々」を借りて、梅村景山門人の千代蔵により写されたものです。なお、表紙に「芝 蔵」と記されています。

関連の記録から推測するに、千代蔵とは鎌田千代造を名乗った、16歳の芝千秋と考えられます。

各図は、手際よく淡く彩色され、複雑な紐の構造が迷いなく破綻の無い線で描かれています。

模写だからと言って、形を線で追うだけではなく、ものの構造を理解した上であらわされていることがわかります。

画家として頭角を現す前の、千秋の早熟さがうかがえる資料です。

 

 

 

 

現在の千總には千秋に指導を受けた図案家が出入りしています。

今尾景年からはじまる、梅村景山、芝千秋の図案家の系譜は、こうした多岐にわたる関係を下敷きに現代にも連綿と受け継がれているのです。

 

・オンラインで閲覧可能な主な参考文献

※書名をクリックすると国立国会図書館デジタルアーカイブにアクセスできます。

農商務省博覧会掛 編『第二回内国絵画共進会 出品人略譜』,1903年

 

・その他の主な参考文献

美術新報社「梅村景山氏を訪ふ」『美乃世界』1909年

神崎憲一 『京都に於ける日本画史』京都精版印刷社, 1929年

美術年鑑社『昭和11年版 美術年鑑』1936年

京都府立総合資料館 編『京都府百年の年表 8 (美術工芸編)』1970年

図録『浅井忠に洋画を学んだ日本画家 「芝 千秋 展」』佐倉市立美術館, 2008年

植田 彩芳子, 中野 慎之, 藤本 真名美, 森 光彦『近代京都日本画史』2020年

 

(文責 小田桃子)