建築資料が語る江戸時代の千總

千總の商売と文化を育んだ、京都の三条室町。

当研究所では地域と千總の関係性への理解を深めるために、土地や建物、行事など町に関係する資料を調査しています。

これまでの調査で、江戸時代に現在の千總ビルのほぼ同じ敷地にたっていた、京町家の建築資料が確認されました。

そして、そのなかの江戸時代の図面と建築仕様書について取り上げる講演会「千總・西村家の町家図面を読み解く-近世京町家の造りと暮らし-」が、2月16日に開催されます。

本コラムでは、講演会で取り上げる資料について少しご紹介したいと思います。

 

 

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、現在の千總本店は1989年に完成した鉄筋コンクリート造のビルです。

しかし、遡ること約140年前の1850年(嘉永3)の同地には、町家が建っていたことが、以下の絵図面の複写からわかっています。

町家とは生活と商売が共存する空間であり、暮らしの知恵と工夫がつまっています。その中でも「鰻の寝床」と称されるほどに奥行きが長く、果てしない空間の広がりを感じさせる京町家は、住人の美意識の詰まった小宇宙と言えるかもしれません。

では、絵図面にあらわされた千總の京町家には、如何なる空間が展開されていたのでしょう。

 

千惣絵図面(嘉永三年八月在来絵図面)(1850年)

 

 

他の資料から読み解くに、敷地面積は間口約8間・奥行約24間で、メートル法に換算すると約14.5メートル×約43メートルです。凡そテニスコート2面分の大きさと等しくなります。

現在の千總をご存知の方は、少し想像しにくいかと思います。以下に明治期の千總のお店の写真をご紹介します。

絵図面の建物は、1864年どんどん焼けで一度消失しているために、写真のお店と絵図面の建物は異なりますが、同地にある町家のイメージが掴めるのではないしょうか。

 

 

 

絵図面から垣間見える暮らしぶり

では、絵図面を通して、その内部を少し覗いてみましょう。

先ほどの絵図面で向かって左が北すなわち三条通で、3つの部屋が面しています。

 

しかし、右側に目をやると、奥にはその3倍以上もの数の部屋が果てしなく続いていることがわかります。

一部には2階、奥の庭周辺には土蔵もありますね。その合間を縫って、複数の庭と縁側があります。

 

右上に「ニカイ上リ口」、その左に「玄関」、左下に「土蔵」

 

 

各部屋に注目すると、部屋には畳数が記される他、座敷や土蔵などの部屋の種類、押入や床などの設えなどの詳細も記されています。

 

右下に「庭樹木」と左側に「クレエン(縁側)」、上部に「風呂場」、左下に「床コ」「押入」

 

 

玄関や風呂場など生活の場で現在でも使用される言葉もあれば、見世やハシリなど馴染みのない言葉も見られます。

表の三条通から建物を見た場合、3部屋が見えるのみですが、その奥には部屋が果てしなく連なる様子が、絵図面から少し想像いただけたでしょうか。

 

右上に「ハシリ」、左側(三条通側)に「見世」

 

 

仕様書に見る建築部材と材料

 

しかし、図面だけではわからないことがあります。

例えば、屋根は瓦なのか、木材の種類は何か―そうした建築部材に用いられる材料は図面には反映されていません。そうした建築部材の仕様は、建物の印象を大きく左右します。

 

実は、絵図面にあらわされた内の、ひとつの町家について、1802年(享和2)7月に記された、建築仕様書が現存しています。

 

 御注文木寄セ仕様帳(1802年)

 

 

冒頭には建物全体の仕様がひと通り説明されています。「瓦」「鴨居」など絵図面では欠いた情報が見られます。

 

右から「ひさし瓦百枚」「鴨居上ニ雲障子弐枚」

 

 

後半には箇条書きで、建具などの建築部材にあてがう材料の名称と枚数が具体的に記されています。

試みに、赤線で囲った部分を読んでみましょう。

天井板に杉、吊り床の柱(片蓋柱)には北山丸太、床の落とし掛けには赤杉、えんくれ(縁側)に椴とその框部分に松などと、記されています。床に関する内容は、数寄屋風の意匠を思わせるでしょうか。

このように場所に応じて複数種の木材を使い分けていることがおわかりいただけると思います。

 

 

 

この仕様書は大工により、千總の当主である千切屋宗左衛門に宛てて記されました。

千總は、寺社や武家を相手に法衣装束商として主に活動していたと考えられていますが、詳細は明らかにされていません。

こうした資料を読み解くことにより、具体的な建築部材の名称やその使い分けがわかるだけでなく、発注者である千切屋宗左衛門の美意識も垣間見えるのかもしれません。

 

 

絵図面と仕様書の解読でわかることとは?

本コラムで紹介した内容をより深く読む講演会が、「千總・西村家の町家図面を読み解く-近世京町家の造りと暮らし-」です。

 

講師には日本およびアジアの民家、伝統建築がご専門の大場修氏(立命館大学 衣笠総合研究機構 教授/京都府立大学 名誉教授)をお迎えします。

大場氏は、京町家の次世代継承プロジェクトである、「京町家カルテ」にも深く携わってこられ、その成果は『「京町家カルテ」が解く 京都人が知らない京町家の世界』(淡交社、2019年)としても発表され、話題を呼びました。

多くの京町家の調査研究を重ねてこられた大場氏とともに、絵図面や建築仕様書をわかりやすく紐解いていきます。

 

絵図面や建築仕様書には、

・絵図面あらわされた典型的な京町家の形式や住まい方

・「見世」「風呂場」などの用語の意味とその見た目・使い方

・建築仕様書に記された、建築空間の具体的な意匠

など、まだお伝えできていないたくさんの魅力が秘められています。

 

現在と同じ言葉であらわされていても、社会や風習の異なる江戸時代と現在とでは、部屋の使用方法や空間に求める雰囲気は異なってくるでしょう。

本講演では町家に関する資料や画像と比較しながら、当時の建築空間や生活のイメージを膨らませていく予定です。

さらに会場には、絵図面と仕様書の他に当時の商売で取り扱っていた法衣などの染織品や資料を展示します。

 

こうした資料の読み解きを通して、江戸時代の千總の姿の輪郭を掴むだけでなく、当時の京都の人々の知恵や美意識そして京都のまちなみを象徴する京町家の文化を感じられる機会をみなさまに提供できれば幸いです。

 

詳細の確認はこちらのイベントページにてご確認ください。

 

 

(文責:小田)