型友禅の広がり

The Spread of Kata-yūzen

概要Overview

Kata-yūzen is a textile dyeing technique that uses paper patterns to improve productivity. It is often compared with hand-drawn yūzen. Nishimura Sōzaemon XII combined the suri- yūzen technique, which existed since the Edo period, with the utsushi-yūzen technique, which was developed by Hirose Jisuke (廣瀬治助, 1822-90) and involves the use of color pastes made with chemical dyes. The development of this technique made possible to create a large variety of patterns from the late of the 19th century to the first half of the 20th century. Currently, around 850 samples of kata-yūzen are conserved, some of which are shown here. Looking at them, it is possible to follow the changes in the design of the patterns throughout time.

所蔵品の紹介

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型友禅染裂 干網千鳥に松
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅) / 明治6(1873)年 / 90.0×37.5 (cm)

今尾景年の下絵を用いたとされる型友禅染裂。魚網を三角錐状に干す様子を文様化した、いわゆる網干文様に千鳥と松を取り合わせ、上下返しの文様を施している。花鳥画の名手である景年だが、本作のような何気ない文様にも小気味よいリズムを描き出している。

型友禅染裂 孔雀に花
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅)、手彩色 / 明治7(1874)年 / 105.6×37.6 (cm)

岸竹堂の下絵を用いたとされる型友禅染裂。孔雀に薔薇、芙蓉、海棠桜を取り合わせ、上下返しに文様が施されている。摺友禅に一部手彩色を併用した明治初期の特色が示されている。糊に染料を混ぜて用いる写友禅が開発される以前は、型友禅の技法は刷毛で染料を摺込む摺友禅によるもので、写実的で陰影のある文様もぼかしによって表現された。

型友禅染裂 菊牡丹蓮に梅
掛軸 1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅)、手彩色 / 明治10(1877)年 / 81.8×39.8 (cm)

今尾景年の下絵を用いたとされる型友禅染裂。金木犀、蓮、菊、梅、海棠桜、牡丹、コブシ、卯の花が四条派の絵画のように繊細に表現されている。花びらの淡い色のぼかしは摺り友禅によるものと思われる。

型友禅染裂 龍田吉野模様
掛軸1幅 / 縮緬地、糸目型、友禅手挿、 草木染 / 明治13(1880)年 / 56.4×38.5 (cm)

梅村景山の下絵を用いたとされる型友禅染裂。水流に紅葉と桜の花びらが流れ、そこに「たつ多(た)」と「与志乃(よしの)」の文字が散らされていることから、竜田川と吉野川をモチーフとしていることがわかる。コレクションには他に類似した図案が現存しており、本作が製作された9年後に色や文様などに若干の変更を加えた図案が制作された。

型友禅染裂 座敷尽くし
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅)、かちん摺 / 明治14(1881)年 / 56.0×38.0 (cm)

榊原文翆の下絵を用いたとされる型友禅染裂。トリックアートのように、日本家屋の座敷図を構成した図案。榊原文翆(1824-1909)は谷文晁に師事し、その後上京して土佐派を学んだとされる。京都府画学校および京都市美術学校で教鞭を執った。

型友禅染裂 源氏風俗画
掛軸 1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅)、かちん摺 / 明治15(1882)年 / 36.6×106.0 (cm)

土佐光武の下絵を用いたとされる型友禅染裂。落ち着いた色の背景に、若紫や胡蝶などの『源氏物語』の場面が愛らしい表現であらわされており、よく見ると人物の顔は丹念に描き分けられている。土佐光武(1844-1916)は土佐家分家に生まれ、土佐派の再興に尽力した日本画家。京都府画学校でも教鞭をとった。

型友禅染裂 雲波に龍
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅)、手彩色 / 明治23(1890)年 / 142.3×41.0 (cm)

岸竹堂の下絵を用いたとされる型友禅染裂。綴織を再現したタッチで、雲間を飛翔する三爪の龍、大海原に突き出る山などの中国の伝統的文様を表している。

型友禅染裂 御簾に大菊
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅、写友禅) / 明治23(1890)年 / 59.6×44.7 (cm)

幸野楳嶺の下絵を用いたとされる型友禅染裂。大輪の菊を御簾の上に配した風雅な図案である。巴錦や管物などの日本伝統の菊が写実的に表されており、楳嶺の匠な表現力が垣間見える。どれも宮廷文化を示す格式あるモチーフだが、型糸目の多用によって、全体的に軽やかな印象を与えている。

型友禅染裂 打漏し切箔
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治24(1891)年 / 57.4×38.5 (cm)

装飾料紙をあらわした型友禅染裂。上部に2色2重の打雲文様が、色の諧調を少しずつ変化させながら再現されており、その下部に金箔を細く切った野毛や切箔の文様が散らされている。日本画家の携わる作品の多い中、古典文物から学んだ意匠も作られていた。

型友禅染裂 大津絵
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅、写友禅) / 明治24(1891)年 / 80.5×39.2 (cm)

久保田米僊の下絵を用いたとされる型友禅染裂。鬼の寒念佛や外法と大黒の相撲などが軽妙に表現されている。モチーフとなっている大津絵は江戸時代初期に大津を行きかう旅人を相手に売られた世俗画である。

型友禅染裂 几帳に鷹
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(摺友禅、写友禅) / 明治24(1891)年 / 123.3×40.2 (cm)

今尾景年の下絵を用いたとされる型友禅染裂。架に止まる大鷹が描かれている。鷹を繋ぐ「繋ぎ緒」や几帳の表現により、雅やかな宮廷文化がほのかに表されている。型紙が多用され、一部に摺友禅で暈しが入れられていると思われる。

型友禅染裂 翁格子に地紙
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治25(1892)年 / 54.1×39.5 (cm)

望月玉泉の下絵を用いたとされる型友禅染裂。背景の翁格子地に、琳派を思わせる扇面絵画が散りばめられている。望月玉泉(1834-1913)は四条派の流れをくむ日本画家で、明治37(1904)年に帝室技藝員を拝命した。

型友禅染裂 江戸解
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治25(1892)年 / 58.2×39.7 (cm)

藤井玉洲の下絵を用いたとされる型友禅染裂。源氏物語の紅葉賀や伊勢物語の東下りを連想させる図案。藤井玉州は(1863-?)望月玉泉に師事した画家で、花鳥画を得意とした。 

型友禅染裂 果物尽くし
掛軸1幅 / 縮緬地、型染、摺り友禅 / 明治25(1892)年

枇杷、トウモロコシ、洋梨、葡萄、柘榴など、枝葉のついた果物を配した型友禅染裂。摺り友禅で着色と隈取を施すことで独特の立体感を出している。南画の蔬菜図や洋画の生物画を彷彿とさせる雰囲気を持っている。

型友禅染裂 絵馬尽くし
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治26(1893)年 / 182.1×40.5 (cm)

梅村景山の下絵を用いたとされる型友禅染裂。北野天神絵巻や狩野元信の雲竜図、歌仙絵など、様々な画風の絵があしらわれた絵馬が画面全面に散りばめられている。

型友禅染裂 日清戦争画
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治28(1895)年頃 / 103.8×40.1 (cm)

日清戦争における3つの戦場をあらわした型友禅染裂。黄海海戦といったような、錦絵などで定番化していた場面が描かれている。当時は、同様の場面を題材にした錦絵がもてはやされた。西村はこの他にも旧日本軍からの依頼により、友禅染商品などを制作していた。

型友禅染裂 牡丹文様
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治36(1903)年 / 56.9×30.9 (cm)

牡丹の花が陰陽に重なり合うモダンな構成の型友禅染裂。写友禅による鮮やかな色合いが映える意匠である。これ以前の型友禅作品と比較すると、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動からの影響が僅かに垣間見られる。

型友禅染裂 渦巻き文様
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治37(1904)年 / 52.7×30.8 (cm)

渦巻きや幾何学文様を組み合わせた、色彩構成のようなデザインの型友禅染裂。アール・ヌーボの影響が感じられる一方で、波やわらび、ぜんまいなど日本の伝統的なモチーフを想起させる。

型友禅染裂 硬軟滲み入り竹
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治42(1909)年 / 54.4×30.4 (cm)

竹がバランスよく配置され、その合間を埋めるように筍が顔を出している。縮緬地を活かした竹皮表面の丁寧な滲み表現により、シンプルな画面ながらも独特の雰囲気を造り出している。

[備考]
参考:上田香「千總コレクションにみる明治・大正期の型友禅とその生地」 『嵯峨美術大学・嵯峨美術短期 大学 紀要』 45 号, 2020 年, pp.13-20,

型友禅染裂 葵に鳳凰文様
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 明治43(1910)年 / 54.0×30.0 (cm)

葵を全面に大きく配し、卍繋ぎ紋地に鳳凰文様を背景にあらわした型友禅染裂。葵、鳳凰などほぼすべての輪郭線に、波打つような細い線が何本も重ねられている。それによって見る人は、織物や刺繍の糸をあしらった様な質感を感じることができる。

友禅染裂 ろうけつ文様
掛軸1幅 / 羽二重地 ろうけつ染 / 大正元(1912)年 / 56.2×29.8 (cm)

ろうけつ染とは蝋を用いて防染を施す染色技法である。特に昭和30年代頃から盛んに着物の加工に用いられるようになるが、千總では大正時代よりろうけつ文様が多く作られている。綿を薄く引き伸ばしたような不思議な雰囲気を持った作品である。

型友禅染裂 菊牡丹文様
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 大正4(1915)年 / 61.3×33.8 (cm)

菊や牡丹などの秋の草花が表された型友禅染裂。背景の総鹿子絞りや、草花の織物の糸の表現などは、すべて型紙による写友禅で仕上げられている。こうした型友禅の発表により、今まで手の届かなかった豪華な着物の意匠が、社会に普及することとなった。

型友禅染裂 赤絵裂取陶器
掛軸1幅 / 漣羽二重地、型友禅(写友禅) / 大正6(1917)年 / 38.3×33.0 (cm)

赤絵細描の模様に、赤絵磁器の鉢や皿をあしらった型友禅。デフォルメされた器が愛らしい。効果的に用いられた色糊や暈しによって、器の色絵が再現している。本作の他にも赤絵磁器や柿右衛門から着想を得た型友染禅図案が複数存在する。

型友禅染裂 御簾正羽薬玉檜扇
掛軸1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 大正15(1926)年 / 112.3×33.0 (cm)

黒い縮緬地に御簾、そこに浮かび上がる薬玉や扇、流水のような飾り紐が表されている、優美な文様の型友禅。薬玉には菖蒲、扇には松葉を付している。黒い背景や平面的な御簾と、丹念なぼかしで着色された菊花や葉との対比が、品のあるコントラストを生み出している。

型友禅染裂 大蘭
掛軸1幅 / ミラネーゼ地(紋意匠地)、型友禅(写友禅) / 大正15(1926)年 / 65.4×34.2 (cm)

豹柄のような地紋のあるミラネーゼ地に、大きな胡蝶蘭の花と葉をあしらった型友禅。丁寧なグラデーションで夢のような雰囲気を演出する。ミラネーゼ地とは現在の紋意匠縮緬または紋意匠地のことである。なお、本作では生地の状態を観察した上で、紋意匠地とした。当コレクションには主に大正時代から昭和時代初期までのミラネーゼ地の型友禅が存在する。

型友禅染裂 オランダ舟に鳥
掛軸1幅 / 紋縮緬地、型友禅(写友禅) / 昭和2(1927)年 / 62.7×32.5 (cm)

地紋が菊立涌の縮緬地に、帆船が写友禅で丹念に描き出された型友禅裂。船尾には獅子と鳳凰を、船底に龍の文様があしらわれており、オランダ舟という題目ながら東洋風の意匠があしらわれている。何枚もの型紙を用いて、舟が線で形作られていったと考えられる。

型友禅染裂 御簾薬玉に鶴
掛軸1幅 / 錦紗地、型友禅(写友禅) / 昭和3(1928)年 / 77.2×31.4 (cm)

青地に御簾と薬玉、鶴をあしらった型友禅。御簾が薬玉を前後から挟んでいるかのようにあしらわれ、さらに薬玉の四方に掛けられた飾り紐によって、三次元的な空間表現を行っている。それにより、鶴が奥に向かって飛んでいくような錯覚を見る人に与える。御簾は均一な細い線を丹念に描き連ねることで表されている。薬玉は、空気を浄化し邪気を払う意味を持つ。

型友禅染裂 光琳百花
掛軸 1幅 / 縮緬地、型友禅(写友禅) / 昭和10(1935)年 / 188.5×32.0 (cm)

神坂雪佳の下絵を用いたとされる図案。雪佳は、近代における琳派復興の先導者の一人とされる。本作では琳派の肥痩ある柔軟な描線を生かして、草花を味わい深く表現している。当コレクションのひとつ、雪佳筆〈草花図〉とは、図様に部分的な共通点が見られる。

型友禅染裂 宮城を拝して
掛軸 1幅 / 絵絹地、型友禅 / 昭和18(1943)年 / 35.5×29.4 (cm)

竹内栖鳳の原画をもとに、制作された型友禅染裂。型友禅用の型紙は河村政次郎の手によるものを使用したとされる。西村が手掛けたものかは定かでないが、本作は当時の陸軍省が賞として陸軍関係者に下賜する品として製作された。原画は昭和17(1942)年に描かれた竹内栖鳳の生涯最後の写生である。

型友禅染裂 中花篭
掛軸 1幅 / 平絹地、型友禅(摺友禅) / 昭和19(1944)年 / 41.0×64.0 (cm)

細い線描と淡彩で描かれた花籠図を、型や暈しを駆使して、まるで絵画または手描き友禅であるかのように表現した型友禅染裂。本作の制作にあたって、100枚近い型紙が使用されており、型彫技術、糊置、摺染めの専門的な技術の修練を要したと言われている。下絵は小島記一、型紙は山田他二郎の手によるものを使用し、糊置を正木林三郎が行った。

写真 千總友禅工場(型彫)
写真 1枚 / 紙本 / 昭和時代 / 10.6×16.5 (cm)

型友禅染に用いる型紙を刃物で彫って制作している様子を撮影したもの。作業効率をあげるために、作業机の天板が傾斜している。実物の机はコレクションに現存している。工場の場所は、京都の伏見二の橋にあった千總友禅工場。昭和18(1943)年に、京友禅製造の実情視察のための、宮内省(当時)の小出侍従が訪問されている。

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