概要Overview

After 1873, Nishimura Sōzaemon XII participated in several national and international exhibitions. The Meiji Government encouraged participation in such exhibitions in order to promote exports of Japanese products. In addition, the application of modern scientific principles to arts and crafts was designated as a national objective; one of the topics of The Kyoto Exhibition was the modernization of traditional arts and crafts. The Nishimura family strived to meet society’s expectations of technical improvement. Newly developed techniques such as Kamogawa dyeing, birōdo (velvet) yūzen, and embroidery were positively received, and achieved awards and recognition in national and international exhibitions. Related documents tell the story of the Nishimura family and the city of Kyoto during this exciting period.

所蔵品の紹介

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米國万博出品写真集
冊子(写真含む)1冊 / 紙本 / 明治8(1875)年 / 18.7×12.5 (cm)

アメリカ合衆国ペンシルベニア州で明治9(1876)年5月から11月に開催されたフィラデルフィア万国博覧会に、西村總左衛門から出品した作品の写真が収録されたアルバム。本会は、西村總左衛門が「總右衛門」として初めて参加した万国博覧会で、友禅染縮緬地や刺繍帯さらに岸竹堂筆〈大津唐崎図〉など計13件を出品し、「刺繍」の名目で褒賞を受けた。なお、アルバムには、岸竹堂筆〈梅図〉の写真も掲載されているが、同作品が出品された公式記録は残っていない。したがって掲載内容が、実際の出品内容とは異なる可能性があるが、当時の西村の製品や竹堂の作品を写真で確認できる貴重な史料である。

賞状 第1回内国勧業博覧会 竜紋賞牌
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治10(1877)年 / 36.5×53.0 (cm)

明治10(1877)年8月から11月に、東京上野公園で開催された第1回内国勧業博覧会で受けた賞状。西村總左衛門は、画帖と掛物〈広幅塩瀬郭子儀表装共友仙染繍交り〉を出品し、「友禅染」の名目で竜紋賞牌を受賞した。

書 鴨川虹影
槙村正直筆 / 額装1面 / 絖本墨書 / 明治12(1879)年 / 243.2×77.4 (cm)

京都府知事である槇村正直(1834-96)が12代西村總佐衛門に向けて揮毫した書で、西村の鴨川染め技術を絶賛する内容が記されている。商店の帳簿関係資料には、本作が博覧会での成果を受けて贈られた書であるとの記録が遺されている。明治12(1879)年の第8回京都博覧会で、「加茂川染各種」を出品した西村總左衛門は金牌を受賞した。なお、高島屋の飯田新七も同博覧会において鴨川染で受賞した。鴨川染とは、本来は防染目的で使用する糊を化学染料と混ぜ合わせて色糊としそのまま模様を染め付ける技術で、堀川新三郎および廣瀬治助らが開発した。友禅の生産効率を上げる画期的な技術として、当時注目されたと言われている。

[備考]
[本文]
「天保甲午生」(白文楕円印)
鴨川虹影
京産鴨川染其名夙著/西邨生最工其技凡覆/載之所有悉貌寫以染/於綺穀莫不逼真焉/予感其技之精書此/與之時明治十一年/戌寅春 龍山人
「龍山」(白文方印)、「槇邨正直」(朱文方印)

賞状 第2回内国勧業博覧会 進歩1等賞金牌
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治14(1881)年 / 41.7×63.5 (cm)

明治14(1881)年3月から6月に、東京の上野公園で開催された第2回内国勧業博覧会で授与された賞状。西村組として出品した〈天鵞絨加茂川染〉で進歩1等賞金牌を受賞した。加茂川染または鴨川染とは、本来は防染目的で使用する糊を化学染料と混ぜ合わせて色糊とし、それで模様を表してそのまま染め付ける画期的な技術で、堀川新三郎および廣瀬治助らが開発した。

賞状 巌手県勧業博覧会 1等賞牌
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治17(1884)年

明治17(1884)年4月から6月まで開催された巌(岩)手県勧業博覧会で受けた賞状。西村總左衛門は、天鵞絨友禅・鴨川染・刺繍袱紗で1等を授与された。明治時代から、東北地方まで活動範囲を広げていたことを示す資料。

第3回内国勧業博覧会出品模写
冊子1札 / 紙本著色 / 明治23(1890)年頃 / 39.0×56.0 (cm)

明治23(1890)年4月から7月に、東京の上野公園で開催された第3回内国勧業博覧会の出品作品の摸本を収録した手鑑。本作の他に、実際の展示作品の写真も当コレクションに遺されており、一部の摸本に関して実物を写真で確認することができる。なお、第3回内国勧業博覧会で西村總左衛門は〈友禅屏風雪中鴨図〉と〈刺繍屏風保津川図〉において、1等妙技賞を受賞した。ちなみに、本会に向けた出品準備会合が、久保田米僊と幸野楳嶺らとともに西村が結成に係った京都美術協会設立へと繋がる。

シカゴ・コロンブス世界博覧会入場証類
地紙・まくり(一部写真) 各1枚 / 紙本 / 明治26(1893)年 / 写真付き証書:11.6×8.1 (cm) 、他:10.3×6.5 (cm)、10.5×6.6 (cm)、9.2×5.0 (cm)

明治26(1893)年5月から10月まで開催された、シカゴ・コロンブス世界博覧会の入場許可証類。顔写真付きのカードは8月1日以降有効の入場証書で、その他に4月30日まで有効、5月1日から10月30日まで有効の証書などが含まれる。本会において西村總左衛門は準備段階から関わっており、臨時博覧会事務局の評議員を川島甚兵衞らとともに務め、博覽會出品人總代として現地へ赴いた。『京都美術協会雑誌』10号には「西村總左衛門氏ノ名誉」として、当時の西村の状況が報じられている。

賞状 第4回内国勧業博覧会 名誉銀牌
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治28(1895)年 / 45.8×63.5 (cm)

明治28(1895)年4月から7月に、京都の岡崎で開催された第4回内国勧業博覧会に出品した、〈刺繍楊柳観音図〉で名誉銀牌を授与された際に受けた賞状。〈刺繍楊柳観音図〉は京都国立博物館に現存し、その下絵は当コレクションに遺されている。本会は、日清戦争を受けて日本国内が勢いづく最中、東京以外で開催する初の内国勧業博覧会として、さらに首都遷都後の京都の近代化をアピールする場として、非常に重要なものであった。その中で、12代西村總左衛門と、商店の重鎮の斎藤宇(卯)兵衛、さらに実際に制作に携わった岸竹堂、繍工の小林久二郎、染工の藤井繁太郎らは、合計で7つ賞を授与された。

九鬼隆一 書
九鬼隆一筆 / 額装1面 / 紙本墨書 / 明治28(1895)年 / 30.5×97.5 (cm)

「成海」の雅号を持つ九鬼隆一(1850-1931)から12代西村總左衛門にあてた書。九鬼は、明治5(1872)年に文部省(当時)に出仕以降、各種博覧会事業や全国の美術品調査など美術行政に携わった官僚。東京帝室博物館(現、東京国立博物館)の初代総長である。第4回内国勧業博覧会(1895)では審査総長を務め、12代西村とはその頃に出会ったものと思われる。

写真 パリ万国博覧会渡航者送別会
写真1枚 / 紙本 / 明治33(1900)年 / 20.0×27.3 (cm)

平安神宮を背景に、明治33(1900)年の第5回パリ万国博覧会の渡航者らを撮影した写真。最前列の真ん中に、当時の京都府知事の高崎親章を確認できる。周囲で見守る人達とは対照的に、多くの人が山高帽子をかぶりコートを羽織る洋装に身を包んでいる様子が印象的だ。西村總左衛門の商店からは斎藤宇(卯)兵衛らが渡仏したとの記録が遺されている。

パリ万国博覧会に係る出品受託證
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治33(1900)年

明治33(1900)年の第5回パリ万国博覧会の出品受諾証。同年2月7日付で、10箱分の天鵞絨、刺繍扁額、屏風などの作品が、パリ万国博覧会出品総合協会に受け取られたことが記されている。博覧会出品に係る具体的な手続きを示す資料である。

賞状 パリ万国博覧会 名誉大賞
地紙・まくり1枚 / 紙本 / 明治33(1900)年 / 71.0×51.7 (cm)

フランスのパリで明治33(1900)年4月~11月に開催されたパリ万国博覧会で受けた大賞の賞状。本会で、西村總左衛門は窓掛や天鵞絨友禅の製品や屏風など複数の作品を出陳した。刺繍で大賞を受賞したほかは、壁掛其他と友禅でそれぞれ金牌を、また協賛者としても複数の賞を授与された。

看板 BRODERIES ET VELOURS ÉPINGLÉS. S. NISHIMURA, KYOTO ET TOKYO, JAPON
額装1面 / 絹、天鵞絨友禅 / 明治時代(19世紀) / 24.0×90.5 (cm)

絹布にフランス語で、「刺繍と天鵞絨友禅/西村總左衛門/京都・東京」と記された看板。同じ仕様で、「宮内省御用達/西村總左衛門」と記された看板も現存し、おそらく2枚1組のセットで使用した可能性が高い。東京の表記があることから、明治41(1908)年以降のものと推察される。

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