展覧会「文化財よ、永遠に2026ー次代につなぐ技とひと」に寄せて

住友コレクションをはじ目とした美術品を保存、研究、公開する泉屋博古館にて、今春より「文化財よ、永遠に2026ー次代につなぐ技とひと」展が開催されています。

1991年に創業し、文化財維持保存修復事業の助成につとめてきた住友財団によって修理がなされた文化財が一堂に会する展覧会です。6月2日から始まった第3期(6月28日まで)には、千總当主・西村總左衛門が代表をつとめる「友禅史会」所蔵の「紅縮緬地熨斗文友禅染振袖」が出陳されています。

艶やかな紅地に、束ねた熨斗の一条一条が金糸の刺繍で縁取りされ、松竹梅、鳳凰、宝づくしなどの吉祥文様、桜や菊などの花弁や、蜀江文、波文が友禅と刺繍で細やかに表されています。近代以降の染織デザインにも大きな影響を与え、江戸時代の友禅染を代表する1領として重要文化財に指定されています。

元は、大正時代の染織品コレクター・ディーラー・研究家であった野村正治郎(1879~1943)の愛蔵品で、アメリカの大富豪ロックフェラーが購入を熱望したことでも有名です。

 

「紅縮緬地熨斗文友禅染振袖」江戸時代 友禅史会蔵

 

欠損も大きく全体が弱り、展示も危ぶまれる状態だったものを、住友財団の助成と個人の寄付によって2004年から2005年にかけて全体修理が施され、未来にその姿をつなぐことが叶いました。300年もの時を経て、なお圧倒的な美しさを誇る衣装です。この機会にぜひ、展覧会にお運びいただければと思います。

 

ところで、文化財を守り、後世に伝える方法は、大きくは2つあります。1つは、本展覧会のテーマである保存修復です。全体のバランスを見ながら、虫損などによる欠落部分の補填、強化、金糸のよじれや止め糸の外れを元に戻すなど、できる限り作品に変更を与えずに、今後の経年劣化による損傷を和らげる処置を施すものです。後世に伝わるように、現代の材料と技法を用います。修理の過程で、裏地の墨書が見つかったり、表面からは判別できなかった技法が明らかになったりすることから、作品の歴史的社会的な意味と当時の技術の研究的側面もあります。

もう1つは、復元制作です。可能な限り原本となる作品が作られた当時の技法、材料を用いて、同じ色、図柄・構図・寸法の作品を製作します。復元制作は、過去の逸品を現代に甦らせ、広く展覧・活用されることともに、過去の技術へ現代の職人が挑戦する意味合いもあります。

 

千總は、2015年から2017年にかけて「紅縮緬地熨斗文友禅染振袖」の復元制作を手がけました(註1)。2017年2月まで千總に在籍していた筆者は一連の復元制作の記録を行い、その実施報告を兼ねた講演会と研究会を2018年に開催しました(註2)

復元「紅縮緬地熨斗文友禅染振袖」2017年 

 

復元制作の難しさは、どこまで復元できるか、という点にあります。原本の色は経年や汚れにより褪色・変色しているため、生地の裏側の色を参考とするなど当時の鮮やかさを加味して創作する必要があります。元の姿がわからない欠損箇所をどう解釈するか、現在では入手できない材料、あるいは材料が分からない物をどうするか等、最初に制作方針を策定する必要があります。

本復元制作は、依頼主の意向により可能な限り当時の材料と技法を用いることが優先されましたが、模様のみを原本に忠実に再現し、材料と技法は現在のもので統一するのも一つの方法といえます。

制作期間がわずか2年間という限られた時間であったことから、選択肢はより少ない状況で、本復元制作で用いられた主な材料、技法は以下のとおりです。

・絹糸:現在の千總の生産ラインにある絹糸

・製織:機械織(ただし、原本の組織を解析し、可能な限り風合いを近づけた)

・絞り染:帽子絞り(当時は竹の皮が用いられていたと考えられるが、現在のビニールで代用)

・防染糊:当時用いられたと考えられる真糊(糠と米粉から生成)

・染料:当時用いられたと考えられる紅花、藍、藤黄、蘇芳

・刺繍糸:現代の絹糸を上記の染料で染色

 

この、材料と技法の選択の過程と、慣れない材料を用いて奮闘する職人への取材を通して、筆者が感じたのは、それぞれの道具、材料、工程の意味を深く理解する必要性でした。

 

 

例えば、真糊は現代の着物制作においても用いられることがありますが、職人によると江戸時代の生地組織に近づけた本復元制作の生地の方が現在の生地より食い付きがよく扱いやすかったそうです。

真糊が置かれた生地の様子

 

材料の組み合わせ、作業の順序がものづくりの基盤にあることは当たり前のことと思われるかもしれませんが、材料・道具の喪失によって、本来の技法の良さが発揮できない可能性、表現の幅が限定されてしまう可能性を考えなければいけません。

技術をどのように次代に繋いでいくか、何のための技術か、そして物質的に豊かな現代に何を創るべきなのか、千總文化研究所はこれからも皆様と共に考え続けて参ります。

 

(註1) 

メルコリゾート&エンターテイメントのスポンサードにより、実施された「着物✕きものxKIMONO プロジェクト」の一環。全国各地の着物産地の職人技による最高級の着物を制作し、公開することにより、より多くの人々日本を代表する伝統文化、伝統工芸である「着物」の魅力を発言し、伝統の技を未来へつなぐことを目的とされた。マスターピースとして選定された全国の着物17の産地が着物を制作。さらに「マスター・オブ・マスターピース」と題し、重要文化財の東ね熨斗文様振袖を最高の着物として可能な限り当時の技術に近い形での復元制作が求められた。(監修:河上繁樹教授(当時:関西学院大学))

(註2) 

詳細は、千總文化研究所『年報 創刊号』2019を参照

 

文責:加藤結理子