特別鑑賞会・講演会「千總と森口邦彦-友禅の魅力とともに-」 千總コレクションと共に日本文化の未来を考える 第6回

特別鑑賞会・講演会「千總と森口邦彦-友禅の魅力とともに-」

千總コレクションと共に日本文化の未来を考える 第6回

 

講師 森口邦彦

日時:2020年1月24日(金)午後2時30分〜午後4時

於:千總ビル5階ホール

 

 友禅染は、江戸時代中頃より発達した染色技法です。糊防染を用いることで繊細な文様も、絵画のように写実的な図柄も自由自在に再現できるため、今日に至るまで様々な表現が生み出されてきました。

 重要無形文化財「友禅」保持者である森口邦彦氏は、「蒔糊」と呼ばれる細かな粒状の糊を用いたグラフィカルな文様で友禅の可能性を追求されてこられました。一方、千總は「糸目糊」と呼ばれる細い輪郭線を用いた具象的な文様の美を受け継いできました。

 友禅を一つの切り口としながら、伝統を継承すること、新しいものを創造すること、美を追求することなど、ものをつくることへの思いを伺いました。

 

森口邦彦の友禅と「人体美学」

 17世紀の初期友禅は、数年単位で新しい様式、新しい世界が生み出されてきました。流行に合わせた種々のデザインを江戸時代に出版された木版摺りの着物の模様本などに見ることができます。友禅の歴史を振り返ると、友禅の技法はもっと柔軟にさらに新しい世界を創造出来るものではないか、現代社会での友禅のあるべき姿は、この初期友禅が到達し得た闊達な表現世界であるといいます。

 森口先生は、昭和42〜43年頃に男女平等の社会に移り変わる中で、女性の社会的な役割の変化とともに友禅の着物の有り様も大いに変化して然るべきで、この変化を捉えられなくては何の伝統文化だろうか、新しい時代を作る力になってこその文化ではないか、と考えはじめたといいます。

 着目されたのは、友禅の構成力から、新しい身体のシルエットを作ることでした。東京藝術大学で美術解剖学を講じておられた西田正秋著『「人体美学」―美術解剖学を基礎としてー』をもとにされたという、人体美学からアプローチした作品をスライドでご紹介いただきました。

 色彩の対比、模様のポイントが来る高さ、着装することで身体を包むスパイラルに変化する人45℃のライン、など着物を広げて衣桁にかけた状態からは想像もできないもので、前後左右から女性の体を美しく見せ、立ち居振る舞いに沿って躍動感のある人体美を捉えています。

伝統を繋ぐこと、技術を受け継ぐこと

 森口先生はパリに留学されている間に、画家・バルテュス・クロススキー・ドローラの思想に薫陶されました。自分のオリジンを歴史の中に見据え、今自分は何を伝えるべきかを考えるのが伝統、本来の伝統主義者だといいます。新しい思想を入れながら、歴史的に伝わってきたものを今の世代に伝えるということが伝統だと。

 昨今、継承が危ぶまれている技術は多くありますが、森口先生は新しいものを作り出し、成長するものが技術であるといいます。例えば、型友禅は近代化の流れの中で、一部の特権階級のものであった友禅を解放しました。量産が可能になったことで友禅は大衆のものとなりました。

 しかしその中で、手描き友禅あるいは日本画まがいの世界を追求しすぎたのではないか、つまり「友禅」という「技術」として文化性や自負、型でしかあり得ない世界を見失ってしまったのではないか。千總は型友禅の技術を守ろうとされているが、今だからこそ出来ること、手描き友禅も型友禅もインクジェットプリントも共存できる世界があるのではないか、と森口先生は考えています。

 

美の世界との対話

イギリスのヴィクトリア&アルバートミュージアムで企画された「Kimono : Kyoto to Catwalk」展に森口先生の着物が出陳されました。展覧会企画にあたりキュレターが先生の家を訪ねて来られました。きものがほとんど形を変えずに、加工の方法、技術の開発によって常に新しいものを求め続ける姿に感動すると言われたそうです。そして森口先生の作品は、「自分が理解しやすい言葉で何かを伝えようとしている」と感じられたそうです。日本人だけでなく、世界の人々に広く愛される日本らしい感性の姿があって欲しい、と森口先生は言います。

そして、これからものづくりに携わる若い世代には、自分に客観的であること、技術に関する歴史も知りながら、自身がどのように繋がっているのか、どの部分で自分が生きるんだと実感して欲しい、と語られました。

 

 

 会場では、森口邦彦氏の作品〈開花〉(2003年)、父・森口華弘氏による黒留袖、色留袖、千總・西村家14代及び15代夫人の婚礼衣装を展覧し、多彩な表情を見せる友禅の着物をご覧いただきました。

 

◇本講演会の全文は、『千總文化研究所 年報第2号』に掲載しています。

https://icac.or.jp/private/#mokuji

 

[講師]

森口邦彦(もりぐち くにひこ)

1941年、京都生まれ。京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)日本画科卒業後、パリ国立高等装飾美術学校でグラフィック・デザインを学ぶ。帰国後、父森口華弘(1909〜2008)の元で友禅の修行を始める。1967年、日本伝統工芸展初入選、以後今日まで連続入選、受賞多数。「蒔糊」の技法を用いた幾何学文様で、友禅染の新境地を切り開いた。

1974年、第21回日本伝統工芸展 鑑査委員就任、以後鑑審査委員歴任。2007年重要無形文化財「友禅」保持者(人間国宝)に認定される。

フランス、スイス、デンマーク、イギリスにおいて個展を開催し、作品は国内外の美術館に収蔵されている。1988年フランス政府芸術文化シュヴァリエ章、1992年芸術選奨文部大臣賞、2001年紫綬褒章、2013年旭日中綬章他、受賞多数。

2017年3月千總文化研究所設立時より、当研究所理事。

*講師のプロフィールは講演会当時のものです。