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    [コラム]図書紹介14:狂歌集 *会員限定*

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    株式会社千總ホールディングス(以下、千總)に遺る版本の中で、文学作品は大きな割合を占めています。前回ご紹介した和歌がその筆頭ですが、江戸時代後期に盛んに出版された狂歌集も無視できません。雅な情景を描く和歌に対して、俗なる現世を映した狂歌は江戸時代に庶民の間でも流行しました。千總に遺る狂歌集から、その世界を少し覗いてみましょう。

     

    狂歌というと、現代の私たちにとっては俳句や川柳に比べてなじみの薄い存在に思えます。狂歌とは何か?という問いに対し、近代の狂歌研究者・菅竹浦は『近世狂歌史』で次のように答えています*1。

     

    狂歌とは読んで字のごとく狂体の短歌であると答へる。(中略)狂歌は和歌の本格を脱し用語(外形)著想(内容)ともに自由な短歌。即、むつかしい歌道のルールに制約されざる通俗な和歌であり、本歌が徹頭徹尾雅言古語を以てお上品に綴られるに反し、狂歌は常に俚諺俗語を自在に用ひ得るざれ歌。たわむれ歌。ふざけた歌。或は滑稽な意を寓する歌。人をして笑ひを催させる歌。

     

    狂歌は言葉遊びや滑稽みというイメージが強いですが、和歌の規範から逸脱するものは題材・表現にかかわらず狂歌と呼ぶことができるようです。今回ご紹介する狂歌も、言葉遊びの色の強いものから、美しい風景を素朴に詠んだものまでその性格は幅広く、一見して和歌かと見紛うものもあります。味わいもクオリティもさまざま、しかしそれこそが詠み手の人間模様を映した狂歌の妙味なのかもしれません。

     

    『狂歌扶桑名所図会』

          

    Fig.1『狂歌扶桑名所図会』2編、檜園梅明編、桂青洋画、1837(天保8)

    狂歌には和歌の歌会と同じく、会ごとに題(テーマ)があります。

    この本の場合、名所を題として、見開きごとに日本各地の名所を表した挿絵とそれに合った歌が配置されます(Fig.1)。江戸時代に流行した名所図会(当コラム第5回で紹介)を彷彿させる趣向です。

    Fig.2『狂歌扶桑名所図会』2編より「祇園・清水」

    「祇園・清水」と題されたページでは、祇園社(現・八坂神社)と社前の人々の往来を描き、遠くには清水寺を望みます。添えられた狂歌の一部を以下にご紹介します。

     

    (右頁右)大ひさの御のり尊み 清水の瀧と識(しるし)の落るばかりや 信亭 清記…①

    (右頁左)音羽山 地主の桜のちるけふは雲よりふると見えてたふとし 絲垣 綾雄…②

    (左頁左)綾ふしぎ かざるになれて絹ごしの祇園豆腐ははたへ(二十重)うつくし 和泉堺 和一國…③

    ※翻刻は濁点等を適宜補い、読み等を()で補った。以下同。

     

    ①は音羽の瀧が落ちることと識(判断力)が落ちることをかけた自虐的な歌、③は祇園社前の茶屋で売られた祇園豆腐を題材にした滑稽味のある歌です。③は豆腐の「絹ごし」にかけ、綾ふし(「あやふし」は不確実なこと、「綾」は織物の一種、「あや不思議」の一部にもなる)・はた(「機」)など染織にまつわる単語を織り込んだ言葉遊びの要素も含んでいます。一方で、②は清水寺境内の地主神社の桜を詠ったもので、和歌のように風雅な世界観で他の首とは異なる雰囲気です。

     

    Fig.3『狂歌扶桑名所図会』3編、檜園梅明編、桂青洋画、1839(天保10)序 より「鳴門」

    第3編では前半に名所図を交えた狂歌、後半に狂歌のみがまとめられます。

     

    (右頁右)わだ中にあれど鼓のともゑなす 鳴門はをちの末にすゝげり 越後直江津 賞月楼…④

    (右頁左)大舟にのりし心もあら浪にゆられてこゆる なるとあやふし 常陸麻生 宮望垣…⑤

     

    ④の歌は鳴門の渦をわだなか(海中)の太鼓の巴模様に見立て、渦巻く波の轟音と太鼓の力強い音色を連想させます。この力強さも狂歌の特徴でしょうか。⑤は大船に乗っていても鳴門ほどの場所では荒波に揉まれて安泰ではないさまを詠んだものですが、実生活における何かの体験が重ね合わされているように思われます。

     

    『狂歌夜行百首』

    Fig.4『狂歌夜行百首』下巻、1839(天保10)年

    『狂歌夜行百首』は「百鬼夜行」をもじったタイトルで、夜をテーマとした狂歌集です。名所図パターンとは異なり、夜のテーマを細分化し、夜にまつわる文化や物事1つにつき1~2首を添えています。

     

    (右頁上)夜学 火をともす桜に蛍に月雪のあかりや賤(しず)か 四季の夜学び 備後鞆黒毫舎 鉄佛

    (左頁中)道具市 時鳥(ほととぎす)画(え)がく屏風の人の山 高ねにおとす道具市哉 在江戸 朝日園基明

    (左頁下右)辻君 昼とんびなどにも契結ぶらん 鄙(ひな)に夜鷹とよべる辻君 三条 茂佐彦

     

    挿絵付きの題は総数48題あり、上下巻合わせて96題となります。それだけでも近世の夜の文化を知るに十分な情報量ですが、そこに狂歌が添えらえることで、庶民(詠み手の名からは僧侶と思しき人物も見受けられます)がそれぞれのテーマに対してどのような印象を抱いていたのかも推し量ることが可能です。

    Fig.5 同上

     

    (右頁上)盗賊 縄をもて薪のやうにしばらるゝ 青きみどりの林をかしき 六々鱗…⑥

    (右頁下)夜番 きぬゞゝの名残もしらずとく寝んと 明六ツはやくうてる夜どら 芦の屋 視舟

    (左頁中)人相見 身の上の伸ちヾみをも人相見 尺とりむしやさしてしるらん 一咲楼迯道

    (左頁下)夜稽古 夜稽古に通ふ雪蹻のかねにさへ 切磋琢磨の切は見えけり 小夜廻屋静丸…⑦

     

    ⑥ は捕らえられた盗人が複数人縄についているさまを「青きみどりの林」と喩えています。それほどまでに盗人が多かったのでしょうか。⑦は切磋琢磨という漢語の響きが狂歌らしい一首です。雪の「せつ」と切の「せつ」の音通という発想は、中国でもポピュラーなものです*2。

     

    『上京帰路待受狂歌錦花集』

    Fig.6『錦花集』(『上京帰路待受狂歌錦花集』)安滿廼門都竜・神風屋氣男撰、孟斎好寅画、1858(安政5)年

    こちらは奥付に「作者一千百有余人」とあるように1000人を超す人数の歌を収録したもので、幕末に狂歌がいかに流行していたかが窺えます。

    表紙は一風変わったデザインですが、出版当初のもので、「都竜軒 本家 山本嘉兵衛製」は本書の撰者である安滿廼門(あまのと)都竜を指しています。デザインは茶の価格表を模しており、表紙では作者名は茶の生産者として記されています。この本には対となる『狂歌茶器財画像集』(安政2年、千總未架蔵)があり、同じく安滿廼門都竜の撰によって茶摘みを題とした狂歌が収録されているため、このようなデザインとなったのでしょう。

     

    Fig.7 『錦花集』より「四条橋」ほか

    見開きに名所を2~3カ所収め、各地の賑わいを記す形式は『狂歌扶桑名所図会』と共通し、このような体裁が好まれたことを示します。しかし本書は図と添えられた歌はそれぞれ異なる場所を題材としています。歌主は全国から募られ、「山」を題にしたさまざまな歌が寄せられているため、挿絵と歌の内容を合わせることが難しかったのかもしれません。

     

    (右頁上段左)小倉山 みゆきあるらんほとゝゝと沓の名といふ鳥の音ぞする 擣の門

    (右頁下段)氷室守むろをひらきて休む日や 不二の高嶺の雪もきゆらん 竜の門

    (左頁上段左)枝かはし茂れる山の木かげより氷室辺来る風のすゞしさ 梅子

     

    近世文化を映す鏡として

    Fig.8『狂歌錦葉集』錦織綾彦跋、1859(安政6)年

    Fig.9『花閑集』花王館主人編、大井意誠画、発行年不明

     

    近世を生きた人々の環境と現代の私たちの生きる環境とは隔たりがあまりに大きく、当時の人々生活感情を想像することは非常に難しくなってきています。しかし、技巧を凝らさない、狂歌のような素朴な感情の発露に耳を傾けてみると、当時の人々のまなざしが感じられてはこないでしょうか。

    千總の当主・千切屋惣左衛門が二条流の和歌を学んだことは前回ご紹介したとおりですが、その二条流を継ぎながらも俗語や漢語を取り入れた俳諧の先駆者として、松永貞徳(1571~1654)の存在が知られます。京にはじまった近世の狂歌は大坂へ伝わり、やがて江戸を中心に幕末にかけて一大ブームを巻き起こすことになります。千總においてもこうした版本を収集することで、近世文化の一端を学んだのでしょう。

     

     

    [註]

    *1 菅竹浦『近世狂歌史』日新書院、1940年

    *2 例えば「禄」(ろく・給料)と「鹿」(ろく)、「幸福」(こうふく)「蝙蝠」(こうふく)の音が通じることから、鹿は出世、蝙蝠は幸運のモチーフとして絵画に描かれます。

     

    [主要参考文献]

    菅竹浦『近世狂歌史』日新書院、1940年

    石川了『江戸狂歌壇史の研究』汲古書院、2011年

     

    第1回「千總と近世文化

    第2回「団扇本

    第3回「ちりめん本

    第4回「江戸時代の画譜

    第5回「名所図会

    第6回「武具図解本・目利本

    第7回「小袖雛形本

    第8回「有職故実書

    第9回「女子用往来

    第10回「文様集①

    第11回「文様集②

    第12回「千總の参考品収集」 

    第13回「和歌関連書

     

    (文責:林春名)